平成30年8月上旬、富山県の廃村探索1日目、
家屋の少し下流側には整った水無八幡宮があって、長い石段を上ると、コンクリ製のご本尊が迎えてくれた。
『村の記憶』によると、水無の離村年は昭和45年。鳥居脇の「水無八幡宮の由来」の碑は、昭和49年建立となっている。
利賀小学校水無分校はへき地等級5級、児童数9名(S.44)、昭和4年開校、昭和40年休校、昭和42年閉校。
利賀局郵便区全図(S.38.4)によると水無の戸数は14戸、文マークは神社の1�劼曚媛捨�に記されている。
県道から心当たりの場所へ向かう枝道に入りしばらく歩いたが、気配は感じられなかった。
少し先の県道沿いには「富山県利賀ダム水無水位雨量観測局」という標札がある施設があったが、
川のすぐそばであり、分校との係わりはなさそうだった。
画像1: 長い石段が背後にある水無八幡宮の鳥居
画像2: 川(水無谷)沿いに建つ「水無水位雨量観測局」の施設
(2018年 8月5日(日)午後2時10分〜午後3時頃)
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