平成30年7月、茨城県 廃校廃村の旅、
鹿島神宮駅から神栖市深芝浜に向かって電チャリを走らしていると
深芝南の県道交差点の真ん中に
「深芝小学校」という案内板が立っていた。
深芝浜分校(昭和44年閉校)の本校は息栖小学校だったので、
「あれっ」と思って後で調べたところ、
深芝小学校は、平成15年に息栖小学校から分離独立した新設校だった。
内陸の集落 深芝に対して、海岸沿いの集落が深芝浜。
五万地形図(潮来、1969)を見ると、
深芝−深芝浜は3�劼猟樟�の道路で結ばれている。
掘込式の鹿島港ができた今、
深芝−深芝浜は、港をコの字状に迂回して13�劼竜�離がある。
神栖市の人口は9万5000人(H.30)。
鹿島臨海工業地域の中心都市には、掘り下げていけば
「ここにしかないもの」が見えてきそうな感じがする。
工業地域内の廃校廃村も、全国的に見て珍しい。
画像1 「深芝小学校」の案内板
県道に沿って長細い緑地(和田山緑地)が続いている。
画像2 東深芝・県道に沿った和田山緑地
この茂みは、炎天下、自転車に乗った身にはありがたかった。
(2018年7月21日(土)12時30分頃)
ログインしてコメントを確認・投稿する