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2018年07月21日06:43

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後谷(その3)

平成30年GW後半、新潟県中越 廃校廃村の旅、
後谷(うしろだに)集落跡は見通しのよい谷間にあって、中心部には作業小屋が建っていた。
畑もあったが、誰かに出会うことはなかった。
集落跡では神社跡の場所はわからなかったが、なぜかヘルメットをかぶった仏様と出会った。

集落跡から県道の峠付近を通るクルマがわずかに見えるので、
帰り道に確認すると、点のような作業小屋と栃ケ原ダム湖を同時に見ることができた。

旧高柳町では、昭和46年から47年にかけてへき地小集落について集落移転事業を進めた。
「高柳町史」には、白倉では11戸48人、中後では13戸29人が、後谷では9戸41人が転出の対象になったと記されている。
今は磯野辺が5戸、板畑が7戸、桐山が9戸しか残っていない。

桐山集落開発センターのそばには、
「人と自然と芸術が共に息づく郷」という案内板が建っていた。
十日町市と津南町は「越後妻有 大地の芸術祭」を平成12年から3年に1度開催し、
一定の成果を得ており、平成30年バージョンは7回目となる。
私は桐山や竹之高地、山野田の様子をみて、
「自然、芸術を通じた人々の交流は、今後の廃村、過疎集落において重要な動きになるのではないか」と思った。

 画像1: 後谷・ヘルメットをかぶった仏様

 画像2: 桐山・「人と自然と芸術が共に息づく郷」という案内板

  (2018年5月6日(日)午後2時〜2時45分頃)

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