平成30年1月、新春いちばん、宮崎県の廃校廃村探索1日日、
家一郷からは、平成26年5月にも訪ねた農山村の廃村 板谷(いたや)を目指した。
広渡(ひろと)ダムの建設(平成5年竣工)に伴う廃村(昭和59年頃離村)で、
前回訪ねたときは痕跡の少なさに「村跡を消すかのようだ」と思ったものだった。
広渡ダムの管理事務所でダムカードをいただき、ダム資料館には足を運んだが、
板谷に係わる資料は見当たらなかった。
続いてダム堤体から2.5�劼曚評綣蠅砲△訃�学校跡に立ち寄った。
板谷小学校は、へき地等級2級、児童数75名(S.34)、明治40年開校、昭和44年閉校。
4年前(平成26年)は荒れた平地だった学校跡は材木置き場になっており、
「かつて学校があった」という気配は感じられなかった。
画像1: 板谷小学校跡(その1:4年前の荒れた平地)
(2014年5月4日(日)午前11時30分頃)
画像2: 板谷小学校跡(その2:材木置き場)
(2018年1月6日(土)午後2時45分頃)
画像3: 板谷小学校跡(その3:材木置き場を県道から見下ろす)
(同 午後2時50分頃)
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