平成29年7月30日(日)、新潟県の廃村探索、
旭小学校嶺冬季分校は、へき地等級2級、児童数10名(S.34)、明治14年開校、昭和47年閉校。
「大島村史」によると、昭和35年の嶺は34戸185人だったが、同50年には9戸21人に急減した。
大平局郵便区全図(S.58.9)では神社のそばに2戸ある。
閉村時期は住宅地図から昭和末頃と推定していた。
県道からよく見える傷んだ家屋の対面には整った作業小屋があった。
先に進むと神社跡へ続く石段が見つかり、階段を登り切るとコンクリ造りの祠が迎えてくれた。
季節柄、あちこちに白いヤマユリが咲いている。
神社から県道に戻る途中、作業小屋の脇の小道を入ると、「嶺閉村之碑」が建っていて、
裏面には離村時期(昭和56年6月)が明記されていた。
探索は1時間弱,嶺では誰にも出会わなかった。
画像1:神社近くの森からは、2階建ての作業小屋が見えた
画像2:黒姫神社跡にはコンクリの祠が鎮座していた
画像3:「嶺閉村之碑」の傍らのお墓には、「倶會一處」と刻まれていた
(平成29年7月30日(日)午後4時45分頃)
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