平成28年10月9日(日)、兵庫県但馬の廃村、本見塚(もとみづか)への旅、
興味の対象は、何といっても分校跡である。
本見塚の分校は「土本分校」といって、手前の集落 土生(はぶ)と本見塚の間に位置したが、
その場所が本見塚地内のため、本見塚は廃校廃村として取り扱っている。
奥佐津小学校土本分校は、へき地等級2級、児童数6名(S.34)、明治7年開校、昭和40年閉校。
五万地形図(香住、S.45)に文マークは記されていないが、
事前の調べで分校跡は入口T字路−本見塚間、進行方向左手にあることがわかっていた。
気をつけながら歩いていると、コンクリ造りの水槽が残る平地が見つかった。
他は概ね斜面だったので、「ここが分校跡ではないか」と推測した。
画像1 入口T字路−本見塚間のダート
画像2 コンクリ造りの水槽が残る平地
画像3 水槽の側面には「水」と刻まれた
(2016年10月9日(日)午後1時45分〜3時5分頃)
ログインしてコメントを確認・投稿する