平成28年5月28日(土)、道東・釧路の廃校廃村めぐり、
農山村の廃村 上久著呂からは、
中久著呂、下久著呂まで戻り、沼幌から回り込む形で
戦後開拓集落の廃村 新久著呂(しんくちょろ)を訪ねた。
鶴居・標茶の町村境を流れる久著呂川流域にある地名にすべて
「久著呂」「クチョロ」が着くので、
単調な根釧台地がさらに果てしない感じがする。
しかし、地図をよく見ると、新久著呂があるのは
コッタロ川、ヌマオロ川流域である。
K・Tさんはpiroさんとともに、平成22年9月、新久著呂を訪ねていて、
その様子が「学舎の風景」Webに掲載されている。
Webの印象からは、一部建物が残る学校跡は、深い茂みの中にあるように見えた。
実際に訪ねてみると、そこは起伏はあるが、根釧台地の牧草地の一角だった。
三差路付近にクルマを停めて、坂を下って小さな林となった区画を探索すると
大破した学校跡の校舎、立ったまま残る2本の煙突、比較的整った教員住宅、
何とか原型を留めるトイレ棟が見つかった。
画像1 : 新久著呂小学校跡に残るコンクリ煙突(その1)
成瀬さんからいただいた資料「標茶町の学校沿革概要」には
煙突が立った校舎と教員住宅が並んで建っている。
校舎は昭和35年に建てられた。
画像2 : 新久著呂小学校跡に残るコンクリ煙突(その2)
K・Tさんによると、
「6年前には煙突に支えられるように残っていた屋根も崩れ
地面に落ちた」とのこと。
画像3 : 比較的整った教員住宅
内部を見てみたところ、
この建物は昭和60年頃まで使われていた様子だった。
(2016年 5月28日(土)午後3時40分〜3時45分頃)
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