単独執筆市販本「廃村をゆく2」(イカロス出版刊)、
本日(5/26(木))発売されます。
「廃村をゆく」と「廃村をゆく2」で
私の執筆で両方出てくるのが秋田県大館市合津(かっつ)、
長野県飯山市沓津(くっつ)、
福井県大野市中島(なかじま)・上笹又(かみささまた)の
3地区です。
特に合津は地味な廃村で、我れながらよく両方で
計5ページも仕上げることができたものだと感心します。
時間をかけて継続することで、いろんなことが見えてくる。
合津では、冬季分校跡の校舎を通して見えてくるものがありました。
最初に訪ねたとき(1999年11月)、校舎は
「物置きかと思った」というほど、存在感のないものでした。
2度目に訪ねたとき(2002年2月)は積雪の中、
カンジキを履かないと行けない集落では
冬の不便さを実感できたものでした。
3度目、4度目と、訪問を繰り返すうちに、
校舎の傷みが進行し、中は乱雑になっていきました。
4度目の訪問の時、「集落の記憶」の取材で訪ねた
佐藤慶一郎さんは、校舎を農作業用に使われている方でした。
「10年前はすっきりしていたのが、ごちゃごちゃしてきましたね」
と話すと、
「値打ちのあるモノだったら、片づけなきゃいかんなあ」
と返してくれたことを思い出します。
「慶一郎さんがお亡くなりになった」と
大館の知人(仲谷香さん)から知らされたのは2015年2月のこと。
地域紙のお悔やみの欄に載っていたとのこと。
その年の11月、5度目の訪問のとき、
校舎の教室部分は倒壊しており、残る部分もすっかり傷んでしまっていた。
合津冬季分校の閉校は1971年、合津の閉村は1977年。
「慶一郎さんに使われていたから、長く残ったんだなあ」と
しみじみ思いました。
画像1 : 積雪期の合津分校跡の校舎
初訪から6年、4年ぶり3度目の訪問。
屋根に積もった雪は重そうだった。
※「廃村をゆく2」では別構図のものを掲載。
(2005年 2月4日(金)午後2時30分頃)
画像2 : 晩秋の合津分校跡の校舎(その1)
初訪から12年、6年ぶり4度目の訪問。
「久しぶりだね」と語りかけるようだった。
(2011年11月3日(木祝)午後12時30分頃)
画像3 : 晩秋の合津分校跡の校舎(その1)
初訪から12年、4年ぶり5度目の訪問。
ついに教室部分は倒壊した。
雪深い土地柄、残る部分も長くはもたないだろう。
(2015年11月3日(火祝)午前7時30分頃)
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