平成27年10月10日(土)、秋田県の廃村調査の道中、
すぐそばまで来たので、太良(だいら)という鉱山の跡地に立ち寄った。
太良鉱山は、少なくても江戸期からの歴史をもち、
鉛、亜鉛、銅など生産された。
明治以降は古河財閥の鉱山となり、
全盛期(明治後期)には約1千名が住む鉱山町があった。
戦後、昭和33年8月、洪水のため輸送手段の森林鉄道が壊滅的な被害を受け、
鉱山は休山、やがて閉山となった。
金沢小学校太良分校は、へき地等級4級、
児童数81名(S.34),明治14年開校,昭和36年閉校。
鉱山集落が消滅したのは、閉校年だと思われる。
鉱山跡、集落跡は、現在林業会社の作業場となっている。
「秋田・消えた分校の記録」によると
分校は鉱山集落のいちばん高所にあったという。
分校跡の探索はできなかったが、手入れされた山神社が残っていて、
精錬場跡の煙突を見ることができた。
画像1:精錬場跡の煙突(遠景その1)
雑木に囲まれて、高いレンガ造りの煙突がそびえる。
画像2:精錬場跡の煙突(遠景その2)
背景の山々は、世界遺産白神山地である。
画像3:精錬場跡の煙突(近景)
山神社とともに
「ここに鉱山があった」ことを後世に伝える
貴重な遺構といえる。
(2015年10月10日(土)午後12時50分頃)
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