平成27年5月18日(月)、佐賀県・福岡県の廃校廃村への旅、
五ケ山の探索が終わったのは正午頃。荒天でもあり、新鳥栖に引き上げることも考えましたが、私が住む埼玉から福岡は遠い県です。
「もうひと頑張り」と決めて、R.385を福岡市街方向に走り、春日、大野城、宇美、須恵、久山といった郊外の町を抜けて、福岡−直方間の山間の犬鳴を目指しました。
犬鳴(いぬなき)は、筑豊を流れる遠賀川の支流 犬鳴川の上流部にあり、犬鳴ダム(平成6年竣工)の建設により、昭和60年に閉村となりました。
ダム湖の名称「司書の湖」は、江戸時代後期、犬鳴に鉄山を開き、山城を作った福岡藩の家老 加藤司書の功績をたたえて名づけられたとのこと。
県道の新犬鳴トンネルを越えると、左手にダム堤体が見えて、犬鳴到着にホッとひと息。しかしクルマを停めた頃、雨は本降りになっていました。
吉川小学校犬鳴分校は、へき地等級1級、児童数17名、明治15年開校、昭和41年閉校。
堤体から時計回りにダム湖畔をクルマで走ると、すぐに「犬鳴区移転者記念の碑」が見つかりましたが、村影さんのWebで見た記憶がある分校跡の案内板は、見当を外したらしく見落としてしまいました。
画像1 犬鳴ダムに着いた頃、雨は本降りになっていた
画像2 ダム湖畔に「犬鳴区移転者記念の碑」が見つかった
(2015年5月18日(月)午後1時30分〜2時頃)
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