ドナルド・キーンがオペラ好きだったと知り、『オペラへようこそ』を図書館で借りて読んでいたら、こんなところがあった。
「わたしは現在の日本の政治家と違って、戦争を知っています。沖縄での恐ろしい戦闘も、日本人の集団自決も見ています。そういうものはもう二度と見たくありません。戦争は、人間の行為のなかで最悪だと信じています。」(「オペラと戦争」)
その頃の写真が載っていた。同僚のティンパニ奏者がキーンの髪を切っていた。写真の下のほうに「OKINAWA June 2 1945」と書かれていた。
沖縄が最後の凄惨な戦闘の場となった時、彼はそこにいたのだ。約2週間後の6月18日には日本軍第32軍司令部は最後の命令を下達した。「諸士よ、生きて虜囚の辱めを受くることなく、悠久の大義に生くべし」。それに従い死ぬまで交戦した人々と集団自決した人々を若きキーンは見たのだ。
この本を読んでいると著者がどれだけ熱心なオペラファンであったかよくわかる。MET(メトロポリタン歌劇場)とその他のオペラハウスで観劇した上演作品の一覧があったが千ではきかないだろう。その記録だけでもすごい。そういう本を読んでいたのに上記のような文言に出会った。予定とは違った読書になってしまった。たった数行のことなのだが。
かつて命を賭けて日本軍と闘いながら日本文化を愛し、最晩年に東日本大震災に接し、この国の国籍を取得し永住することを決意、その言葉通りに生きて今年亡くなった人が語っているのだ。「現在の日本の政治家と違って、戦争を知っています」----何の迷いもなく「現在の日本の政治家」と著者は書いていた。その意味を考えてみなくてはならない。
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