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2017年01月13日16:22

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姉の付き添いの合間に甲田四郎の「平和」

昨年旦那に死なれて、子どももなく身寄りがなくなってしまった姉が心臓まわりの動脈硬化の検査入院をするから立会?だかに来てくれと言う。そこで1/13(金)、調布に行って来た。朝の8時半までに来いというので5時起きであった。しかも前日は深夜まで読者会の後飲んでいたので明らかに二日酔いであった。暗いうちから出かけるというのはほとんど体験がないので、新鮮といえば新鮮であるが、二日酔いが余計である。

医師の説明を聞いて姉が検査に消えるとやることがない。彼女のベッドの横に腰かけて本を読んで待つ。途中で放置していた『新編甲田四郎詩集』の残りを読んだ。すると最後の「未完詩篇」に「平和」という詩が載っていた。かつて日記にも書いたが、これは急行列車の名前で、2014年9月の九条詩人の会で彼が朗読した。「へいわ」のところになると声が裏返る。あれは泣いてるのか、と佐川亜紀さんに聞いたら「この頃お歳なので涙もろいのよ」という答えだった。「平和」と名づけられた列車は各地を3次まで走った。何度も走っては消えたのである。新幹線が走るようになって「平和」という電車は行方不明になったが、戦後すぐはみんなが「平和」と名づけて乗りたがったのだ、そんな時代があったのだ、と朗読するのだが「へいわ」を発音するとき涙声で、純な魂が飛び立つのであった。

翌年の『詩と思想』の新年会でお会いしたとき、「あの詩はどの詩集に載っているんですか」と聞いたら、詩集には入ってないという答えだった。それが今回載っていたので、うれしくなった。巻末のエッセイを読んだら小説では山本周五郎の文章のような名人芸に一番惹かれるとあった。吉野弘さんのク-ルな周五郎分析も面白いが、好きな程度は同じだろう。甲田さんはたしかに影響があるような気がする。帰りの電車で読むのがないのでカミさんから新しい山本周五郎の文庫本を与えられ、カバンに入れていた私である。私も好きだが、しかしちっとも影響されてない。もう手遅れなのだろう。

話を戻すと、姉は2月初旬に手術をすることになった。2000年に倒れて救急車で運ばれて手術以来のことだ。今日よりは多少リスクは高まるがそんなに大変ではないと医師はいう。そこのところはほっとしている。それぞれ違う母親に引き取られて育ったので、歳さえ間違って覚えているほどのいい加減さであるが、一応血のつながった姉弟ではある。演劇の学校の卒業公演に行ったら、姉の役の人が別人のようだった。メイクってすごい、と思っていたが、実は当人は公演当日路面電車にはねられて入院していた。直後に病院に見舞いに行ったが、今日はデジャブっぽいのであった。
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