平成30年11月中旬、山形県の廃村探索2日目、大机に続いては、その北側、直線距離だと1.5kmほどの河倉(かわくら)を目指した。河倉は最寄集落 坂野下から4�辧�標高は294m(分校跡)、戸数9戸(S.37)の戦後開拓集落で、昭和50年に離村した。R.345旧道の河倉口
平成31年1月中旬、宮崎県小林市の廃村探索、赤松(あかまつ、営林集落)と木浦木(きうらぎ、営林関連集落(農山村) )の間は、木浦木林道というロングダート(15�劼曚椒澄璽函砲鯀�った。道のりは厳しかったが、兄ちゃん(妻の兄)は「この旅でいちばん印象
平成31年1月中旬、鹿児島県の廃村探索2日目、離島の廃村 新島(しんじま)は平成25年4月以来6年ぶり。前回、単独での探索時はわずかな住民(2戸4名)がいたが、その年の8月に無住化している。今回は、東さん夫妻主宰のNPO法人「ふるさと再生プロジェクトの会
平成31年1月中旬、鹿児島県の廃村探索、1日目の夜は、稲盛さん、東さん夫妻と天文館でしこたま飲んだ。♪ にどとー しなーいわー こーいなーんか これが おんなのーおおおーおー みちいなーらーばー ♪天文館のスナック「ムーミン」のママのメークは、本格
平成31年1月中旬、鹿児島県の廃村探索、3日目の朝、JR肥薩線 嘉例川駅でむっちーさんと待ち合わせた。明治36年 開業時と同じ木造駅舎には、116年の時が流れている。季節柄、駅舎の前には門松が飾られていた。 画像 門松が飾られた嘉例川駅舎 (2019年1
平成31年亥年、初めての廃村探索、鹿児島県・宮崎県の廃村に行ってきました。訪ねた廃村は、鹿児島県湧水町国見、新島、宮崎県えびの市鉄山、小林市赤松、木浦木、田代八重、西米良村尾股、西都市片内、古仏所、猪之原 (計10か所、初訪3か所、再訪7か所)で
平成30年11月中旬、山形県の廃村探索2日目、湯殿山碑、庚申碑、馬頭観音碑などが並んだ場所辺りにクルマを停めて、「地理院地図」Webの鳥居マークを目指すと、「大山祇神社」の標柱と拝殿が迎えてくれた。田川小学校大机冬季分校は、へき地等級1級、児童数8
平成30年11月中旬、山形県の廃村探索2日目、午後の部、大机(おおつくえ)、河倉(かわくら)、長滝(ながたき)は、すべて鶴岡市南東部、旧田川村(昭和30年鶴岡市に編入)の山間部にある。地形図ではあまり差がないように見えるが、どれもその情報は薄い。
平成30年11月中旬、山形県の廃村探索2日目、鉱山関係の廃村 桝形(ますがた)の探索、学校跡はプールからだと1�匐瓩�下流側にあり、「この辺り」と想定した場所に草藪をかき分けて向かった。大鳥小学校桝形分校はへき地等級5級、児童数80名(S.34)、昭和16
平成30年11月中旬、山形県の廃村探索2日目、鉱山関係の廃村 桝形(ますがた)の探索、大きなプールには村影さんと斜面を下って近づき、その様子をうかがった。プールは25m、4コースあり、横にはシャワーや塩素消毒の小プールもあった。プールに入る梯子がステ
平成30年11月中旬、山形県の廃村探索2日目、鉱山関係の廃村 桝形(ますがた)の探索、鉱業所跡の探索は、鰍沢を渡らない領域で行った。大泉鉱山の主要鉱物は銅、亜鉛、鉛、昭和12年から昭和54年まで操業した。「何かないだろうか」と高台から周囲を見渡してい
平成30年11月中旬、山形県の廃村探索2日目、鉱山関係の廃村 桝形(ますがた)の探索、神社跡の気配がする斜面は、村影さんに続いて私も上った。「地理院地図」Webの地形図の鳥居マークは、道との高低差40mの場所にある。行く手を阻む斜めに生える灌木が、大量
平成30年11月中旬、山形県の廃村探索2日目、鉱山関係の廃村 桝形(ますがた)の探索、雪崩遭難慰霊碑の少し先、鰍沢の向かい側には、大鳥鉱山時代(大正の頃)のものと思われるズリ山が見られた。歩き始めて1時間10分ほど(約5�辧砲燃惺酸廚剖瓩鼎い燭�、気配
平成30年11月中旬、山形県の廃村探索2日目、旧朝日村大鳥「旅館朝日屋」での起床は未明5時。天気は曇時々晴。この季節にしては暖かく、未明に外へ出ても寒くはなかった。宿を朝6時30分に出発し、鉱山関係の廃村 桝形(ますがた)を目指して、県道 鶴岡村上線
平成30年11月中旬、山形県の廃村探索1日目、砂子沢より3�劼曚評綣蠅砲蓮�湖畔に月山神社が建つ月山沢(つきやまざわ)があるので、ここにも立ち寄った。秋の夕方、湖畔の神社の境内は枯葉に覆われていた。村影さんが前回砂子関・月山沢を訪ねたのはこの5月の
平成30年11月中旬、山形県の廃村探索1日目、高旭からは林道を通って間沢川に出て、寒河江ダムの管理事務所を目指した。間沢川も往時は学校がある鉱山関係の集落だったが、後に現住戸数は1戸になっていることがわかった。管理事務所を目指したのは、「ダム湖の