平成28年5月28日(土)〜30日(月)、 北海道・道東(釧路・十勝)の廃校廃村に出かけました。 今回の目玉は、厚岸小島。北海道本土の沖合1�劼砲△襦⊆�囲800m、面積0.05平方kmの小さな島で、戸数は6戸。コンブ漁の暮らしがあるけれども、冬季(12月〜3月)は
単独執筆市販本「廃村をゆく2」(イカロス出版刊)、昨日(5/26(木))発売されました。私はジュンク堂池袋本店2階で、発売開始を確認しました。「廃村をゆく」と「廃村をゆく2」で私の執筆で両方出てくる3地区の中のひとつが福井県大野市旧西谷村中島(な
単独執筆市販本「廃村をゆく2」(イカロス出版刊)、本日(5/26(木))発売されます。「廃村をゆく」と「廃村をゆく2」で私の執筆で両方出てくるのが秋田県大館市合津(かっつ)、長野県飯山市沓津(くっつ)、福井県大野市中島(なかじま)・上笹又(かみ
単独執筆市販本「廃村をゆく2」(イカロス出版刊)、完成しました(^_^)昨夕、編集担当を訪ねて、現物をちょうだいしました。目を通して、担当には「1が80点なら、2は95点の出来です!」と話しました。市ヶ谷から神楽坂に移動して、なじみのお店のマスター
平成28年5月26日(木)、初めての単独執筆市販本「廃村をゆく2」(イカロス出版刊)が発売されます。冒頭のページの流れで、南砺市利賀村北原(きたばら)、「本文に掲載される雪が降る同じ構図の画像」を紹介します。編集担当が「本文掲載と別バーションの
平成28年5月26日(木)、初めての単独執筆市販本「廃村をゆく2」(イカロス出版刊)が発売されます。冒頭の大きな画像があるページ(p.6−7)はアマゾンでも公開されています。ここが、最後まで調整を必要としたページでした。このページの画像は、一幡さん
早いもので、5月も下旬となりました。金曜日(5/20)、わが家のルーフバルコニーで、アマリリスの花が咲きました。毎年、決まりごとのように咲く花はよいですね(^_^)そのルーツは、平成18年6月、八丈島で買った球根です。 このときは、チームを編成して八丈小
平成28年5月26日(木)、初めての単独執筆市販本「廃村をゆく2」(イカロス出版刊)が発売されます。表4(裏表紙)画像は、おそらくネット上では初公開です。昨年10月中旬、表1(表紙)、表4(裏表紙)、冒頭の大きな写真について「こんな感じでどうでし
平成28年3月27日(日)、板井原の現地撮影と、かかわる方への画像掲載についてのご挨拶をするため、この日の都合があった武部さんと一緒に移転地の鷹狩旭ヶ丘公民館に向かいました。応対していただいたのは、集落について詳しい年配の方(Tさん)と鳥取市役所
平成28年5月26日(木)、初めての単独執筆市販本「廃村をゆく2」(イカロス出版刊)が発売されます。土日に最終校正が終わり、何とか手離れしました。制作工程ではいろいろありましたが、特に目を引く表紙画像(画像1)について、話をしたいと思います。昨
平成28年4月16日(土)、福井県大野市旧西谷村、中島、上笹又への旅。 上笹又を訪ねるのは6回目だが、これまで国道からはずれてダム用地(真名川)のほうに向かうことはなかった。今回初めて足を運んだダム用地(真名川)には「集落の痕跡」がはっきりと残っ
GW休み(私の場合全8日間)、7日目になりました。自宅近辺からほとんど動かず、校正と関係の方々への連絡を続けている廃村市販本「廃村をゆく2」(イカロス出版刊、5月26日(木)発売予定)、関係の方々への連絡は、木曜日に完了しました。校正紙の発送、電
GW休み(私の場合全8日間)も6日目になりました。自宅近辺からほとんど動かず、校正と関係の方々への連絡を続けている廃村市販本「廃村をゆく2」(イカロス出版刊、5月26日(木)発売予定)、詰めの作業になると、いろいろなアイデアが湧いてくるもので、編
GWはいかがお過ごしでしょうか。 >みなさま私は、オフィスの休日は基本自宅近辺からほとんど動かず、イカロス出版の廃村市販本「廃村をゆく2」(5月26日(木)発売予定)の校正三昧な日々を過ごしています(^_^;)そんなGWの中、鉢を壊す勢いのソテツを植え
本日(5/1(日))、「HEYANEKOのホームページ」の「500か所超えへの道」の旅行記、岐阜・石川以南 No.20「カーナビの誘いも楽し 備中路」 〜 岡山県高梁市柳平をアップしました。 「旅心のページ」トップでは、No.20 備中編 と記しています。訪ねたのは7月中
平成28年4月16日(土)、福井県大野市旧西谷村、中島、上笹又への旅。 上若生子−上笹又間にある、下笹又(しもささまた)の離村記念碑「萬霊之碑」は、旅の終わり、帰り道に訪ねた。 下笹又よりも山側が、旧西谷村の集落となる。旧西谷村は11集落からなる自
平成27年9月26日(土)、石川県金沢市 ダム関係の廃村堂、菊水への旅。 菊水分校跡地には、大きな石碑が建っていた。従来、離村記念碑と分校跡の碑は、別物と思っていたが、廃村に建つ分校跡の碑は、「離村関連記念碑」としてひとつと考えてもよい感じがして
平成28年4月16日(土)、福井県大野市旧西谷村、中島、上笹又への旅。 麻那姫像、下若生子「ふるさとの碑」に続いて、上若生子(かみわかご)「ふるさとの碑」を訪ねた。 敷地には「若生子小学校跡」という石柱も建っている。若生子小学校はへき地等級1級,
平成28年4月16日(土)、福井県大野市旧西谷村、中島、上笹又への旅。 手前には、下若生子、上若生子、下笹又という3つのダム関係の廃村がある。若生子は「わかご」「わこうご」と2通りの読み方があるが、「わかご」のほうがよく使われている。大野市街からR.
平成28年4月16日(土)、福井県大野市旧西谷村、中島、上笹又への旅。 中島の春日神社跡に続いて、上笹又の白山神社跡を訪ねた。 神社跡に石垣などは見当たらなかったが、見事にシダレザクラが咲いていた。意外な展開は、旅の醍醐味だ。 画像1 : 上笹又・
平成28年4月16日(土)、大阪の実家行きの途中下車で 福井県の廃村に出かけました。 訪ねたのは、旧西谷村の廃村 上笹又と中島で、5度目と6度目です。 故吉田吉次さんのご子息(吉成さん)とご一緒しました。 麻那姫湖青少年旅行村で昼食をとった後、 「何か
長野県中川村の廃村 四徳(しとく)に建つ「心のふるさと 四徳学校跡」と刻まれた分校記念碑(離村記念関連碑)、碑に刻まれた誌文をみて、いま一度振り返ってみたい。===誌明治六年九月一日第二十三区一小区四徳三楽学校として開校し昭和三十六年六月未曾
平成17年から20年にかけて、私は長野県内21か所の学校があった廃村を訪ねたが、離村記念碑を8か所で見かけている。これに対して、分校記念碑は10か所(看板、木柱を含む)で見かけている。廃村に建つ分校記念碑は、「離村関連記念碑」と捉えることができる。
浦和ではサクラが散って、廃村探索のベストシーズンとなってきました(^_^)同じ廃村へ出かけたとしても、訪ねた季節や天候によって印象が大きく異なることがあります。昨年6月と11月に訪ねた秋田県上小阿仁村の廃村 屋布(やしき)の「集落移転記念碑」は、そ
平成28年1月11日(月)、徳島県三好市池田町 農山村集落 山風呂(やまぶろ)への旅。阿波池田までの帰り道、祖谷口(いやぐち)という小さな駅に立ち寄った。ローカル線のローカル駅は、なかなか使う機会がない。3月の鳥取でも、特急のとんぼ帰りだった。次の
平成28年1月11日(月)、徳島県三好市池田町 農山村集落 山風呂(やまぶろ)への旅。切返しのところまで歩いたとき、なごり惜しくなって上り坂の道に戻ってみた。集落跡入口、左側の石垣の上に畑の跡には横を向いた小さな石仏が奉られていた。近くまでいって
平成28年1月11日(月)、徳島県三好市池田町 農山村集落 山風呂(やまぶろ)への旅。かつての車道までたどりつき、帰途に着こうとすると道の左側に、茶畑の跡が見られた。枯れた茶の木は白くなって、光に照らされていた。分校跡、墓地、茶畑跡と、共通して雑
平成28年1月11日(月)、徳島県三好市池田町 農山村集落 山風呂(やまぶろ)への旅。整った家屋の少し奥には、まとまった数の墓石が見られた。お供え物等が何もない墓石群は、村の跡を示すものの一員のように見えた。私はそっと手をあわせた。 画像1 : 山
平成28年1月11日(月)、徳島県三好市池田町 農山村集落 山風呂(やまぶろ)への旅。 草屋根の全壊家屋の先にも山道は続いていたが、そろそろ切り上げたほうがよさそうな時間となったので、分校跡の校庭まで来た道を戻った。校庭からは、車道に続くと思われる
昨日(4/1(金))、「HEYANEKOのホームページ」の「500か所超えへの道」の旅行記、新潟・富山以北 No.23「北海道の教訓が実った秋田単独探索〜 秋田県上小阿仁村萩形,折渡,屋布」 をアップしました。 「旅心のページ」トップでは、No.23 上小阿仁編 と記し