令和元年5月GW、福井県の廃村に行ってきました。訪ねた廃村は、大野市嵐(あらし)、上打波(かみうちなみ)、小池(こいけ)、小谷堂(こたんどう)、荷暮(にぐれ)の計5か所(初訪4か所、再訪1か所)、メンバーは、私と妻のふたりです。 4月GWは長野県
平成31年4月中旬、山口県の廃村探索、滑から3つ目(この日最後)の目標 高瀬までの距離は40�匸�しある。かめさんは国道よりも県道レベルの道をつないで走るのが好きとのことで、好みの相性がよい。「生雲って難読だけど、奈良の生駒の要領と思ったら覚えやす
平成31年4月中旬、山口県の廃村探索、滑(なめら)分校跡に続いて、滑の本集落を訪ねたところ、山登りをする方のためのバイオトイレがあって、数軒の無住家屋が建っていた。管理されている様子の家屋もあったが、人の気配はなかった。昭和31年発行の業界地図
平成31年4月中旬、山口県の廃村探索、2つ目の目標 滑(なめら)は、中国地方では唯一の営林関係の廃校廃村で、昭和31年発行の業界地図には滑川沿いに官林軌道が記されている。柚野小学校滑分校は、へき地等級1級、児童数28名(S.34)、昭和24年開校、昭和49
平成31年4月中旬、山口県の廃村探索、大月分校跡からは、さらに坂を上り山ノ上へと向かった。17年前は、道を挟んで2軒の萱葺き屋根の家屋が建っていたが、家屋はガレキになっていた。しかし、わずかに出入口とトイレが残っていて、ようやく私は「大月に戻って
平成31年4月中旬、山口県の廃村探索、八坂小学校大月分校は、へき地等級1級、児童数14名(S.34)、明治36年開校、昭和47年閉校。校区は手前の大月、奥の山ノ上の2小集落からなり、分校はその間、やや大月寄りにある。石造の門柱は17年前にも見たはずだが、写
平成31年4月中旬、山口県の廃村探索、最初の目標 旧徳地町大月(おおづき)は、17年ぶりの再訪問。最寄り集落 船路から続く細い道を進むと、視界の右手に石造りの鳥居が見えてきた。クルマを停めて確認すると、社殿には「石鎚本教 八坂教会」という標板があり
平成31年4月中旬、JRおおさか東線の初乗り、しっかり分けると、久宝寺−放出は11年前(平成20年)に開通しており、放出−新大阪が今年の開通分。私は久宝寺−JR河内永和は開通後しばらく経った頃に乗っている。今回はJR俊徳道からJR淡路で途中下車して新大阪
平成31年4月中旬、久しぶりの長瀬の町並み、大学通りに戻り、近大へ向かって歩く。町並みのフレームは同じだが、新しい店がたくさんできている。その中に、ポツポツと昔ながらの店がある。この日目指したのは、近大正門のすぐ手前、「キッチンカロリー」とい
平成31年4月中旬、久しぶりの長瀬の町並み、サクラが綺麗に咲いていたので、大学通りから外れて長瀬川沿いの小道を歩いた。なぜか、道の真ん中に堂々とトリがいる。動かないので「飾りかな」と思ったら、本物だった。近づいても、ほぼ動かない。川向こうの柵
平成31年4月中旬、久しぶりに大阪の町並みを歩いた。近鉄大阪線 長瀬駅には、近畿大学の最寄り駅で、私は高校、大学、大学院、高校教師と11年間(足掛け13年)通ったなじみ深い駅でもある。お昼を外で食べる時間ができたので、ふと「大学通りの定食屋に行きた
平成31年4月中旬、久しぶりに大阪の町並みを歩いた。JR淡路駅は、この3月16日開業したばかり。阪急京都線との乗り継ぎで、途中下車した。JRおおさか東線は主に貨物線を利用した新線で、1時間に4本運転されている。私が乗った時間帯、6両編成の201系電車は閑散
平成31年4月中旬、山口県の廃村に行ってきました。訪ねた廃村は、山口市大月、滑、萩市高瀬、尾島、櫃島、羽島(計6か所、初訪5か所、再訪1か所)です。メンバーは1日目が3名、2日目(3つの島)が7名です。尾島、櫃島、羽島は、萩諸島の小さな島で、かつては
4/12(金)朝、NHK「おはよう日本」、人口減少で急増 人が住まない“無住集落”の内容が、番組ホームページ「けさのクローズアップ」に掲載されました。 https://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2019/04/0412.html福井県小浜市上根来(かみねごり)の事例から
平成31年2月中旬、道東〜道北の廃村探索、上川町 旭ヶ丘の探索を終え、田中さんとはJR上川駅で分かれ、成瀬さんと一緒に午後3時50分発の旭川行特急「大雪」に乗って、おつかれさまの乾杯をした。大雪の自由席には空きがあったが、旭川発札幌行「ライラック」
平成31年2月中旬、道東〜道北の廃村探索、滝上町 滝奥の探索を終え、浮島トンネルを越えて上川町に入り、可能であれば昨年5月に訪ねた天幕小学校跡を再訪したかったが、除雪は天幕駅跡までだったので断念。その代わりに成瀬さんは初めてという旭ヶ丘小学校跡
平成31年2月中旬、道東の廃村探索、滝上市街のセイコマで昼食休みをとり、午後一番は4番目(この日最後)の目標、渚滑川上流沿いの農山村の廃村 滝奥(たきおく)へと向かった。滝奥を通る国道273号の浮島トンネル区間は、紋別と旭川・札幌を結ぶ高速バスも通
奥札久留小学校はへき地等級3級、児童数40名(S.34)、大正8年開校、昭和46年閉校。学校跡には門柱が建っているだけだったが、その先にはバス停があって、水曜日のみであるが滝上市街まで2往復の便が運行されているようだった。2戸残るのはともに酪農家の家
平成31年2月中旬、道東の廃村探索、白鳥松布(しらとりまっぷ)の探索、古い生活改善センター辺りのゲートが閉ざされていたので、その先は歩いて 1�卆茲粒惺酸廚悗噺�かった。白鳥松布にあった上白鳥小学校はへき地等級3級、児童数69名(S.34)、昭和8年開校
平成31年2月中旬、道東の廃村探索、中雄柏からは、シュルトルマップ川沿い、農山村の廃村 白鳥松布(しらとりまっぷ)へと向かった。最終人家を過ぎてしばらく走り、古い生活改善センターの辺りで、道はゲートに閉ざされていた。しかし、ゲートの先の道は除雪
平成31年2月中旬、道東の廃村探索、雄柏小学校跡の教員住宅は、ニノキン像の少し先に建っている。閉校時期(昭和48年)を考えると、しっかり残っているものだ。「お邪魔します」と挨拶をして中に入ると、往時からの鏡や校歌が書かれた黒板が残っており、黒板
平成31年2月中旬、道東の廃村探索、中雄柏(なかゆうはく)にあった雄柏小学校はへき地等級1級、児童数69名(S.34)、明治44年開校、昭和48年閉校。商店跡の建物あたりにクルマを停めて、学校跡をうかがうと、新しい生活改善センター(公民館)の先に教員住
今年は、全国的に花冷えが続いているようですね。東京のサクラは、開花宣言から2週間経っても、まだ満開状態を保っています。昨日、ようやく晴れたので、昼休みにサクラ見の散歩しました。サクラといえば花粉症、昨年11月から始めた舌下免疫療法が功を奏して
平成31年2月中旬、道東の廃村探索、4日目の探索は、紋別の西南部、滝上町の廃校廃村に的を絞って計画を立てた。滝上町は紋別市街から38kmの内陸の町(人口2,600人(H.30))で、林業が盛んに行われ、ハッカの産地としても知られる。シバサクラの頃には多くの
● 全国の無住集落を調査・研究 浅原昭生さんのコメント ムラがなくなっていくというか、記憶からもなくなることは避けたい。 何かの形で残りたいというのが共通項です。● 福井県おおい町老左近の事例(NPO法人による取組み) 無住集落 老左近(おいさこ
● 全国の無住集落を調査・研究 浅原昭生さんからの事例紹介 集落を離れて、通いながら景観や産業、文化などを守る例は各地で見られる。 東海・北陸地方では、次のような事例がある。 画像1:静岡 浜松 有本集落 通って茶畑を維持 有本は昭和61
NHK「ナビゲーション」 (東海北陸7県ローカルの情報番組)、サブタイトル「住めなくなっても守りたい〜“無住集落”元住民たちの取り組み〜」、オンエアから半月ほど経ったので、備忘録がてら3回に分けて要点をまとめる。※ 2019年3月15日(金)19:30〜19:5
平成31年3月下旬、通勤途上の上野駅、広小路口の改札を出たら、巨大なパンダのオブジェが視界に入った。何かよくわからんが、非日常な光景だ。コンデジを持っていたので、撮るだけ撮っておいた。※画像の並びは、足跡と逆順にしています。 画像1:上野駅 広
平成31年2月上旬、道東の廃村探索、3日目、農山村の高度過疎集落八十士(やそし)の探索、学校跡から少し先に進むと酪農家の家があって、雪の中、屋根があるえさ場で食事をするウシの姿を見ることができた。紋別の山間の日暮れは早く、夕方4時15分、すでに日