平成30年9月中旬、秋田県の廃村探索、宝仙台からはR.341を折り返し、玉川ダム堤体にある資料館に立ち寄ってから、マラソン大会が開かれている田沢湖へと向かった。私も妻も田沢湖は初めて。短絡路を通って時計と反対回りに3分の1周しようとしたが、マラソンラ
平成30年11月下旬、大阪府の廃村探索、西島には、阪神なんば線 福駅から歩いて出かけた。阪神なんば線の開業は平成21年だから、今年が10年目。まだ西淀川区を走る近鉄電車には、違和感がある。福駅から西島までは2�匱紂�うち1�劼和臾鄒醂弍�道路を歩く。地域
平成30年11月下旬、大阪府の廃村探索、西島住吉神社には、歴史を感じるものがいくつか残っています。神社の大改修工事が平成20年、私が初めて西島を訪ねたのは平成22年。出身の方が「さびれ果てた状態」になっていたという神社がどんな様子だったのか、見れな
平成30年戌年、20度目の廃村探索、帰省と兼用で大阪府の廃村に行ってきました。訪ねた廃村は、大阪市西淀川区西島(にしじま)です。西島は、平成22年11月以来、8年ぶりの再訪。工場地帯には「ここに集落があった」という気配はほとんどなく、8年前は「ここが
平成30年9月中旬、秋田県の廃村探索、玉川ダム対策協議会会員名簿は大表(おおもて)、蒲谷地(がまやち)、宝仙台(ほうせんだい)の3地区に分かれているが、ここでは川右岸の大表、蒲谷地を玉川、左岸の主に戦後開拓集落からなる宝仙台の2地区としている。
平成30年9月中旬、秋田県の廃村探索、旅1日目、浦和を出発したのは朝7時15分。大宮からこまちに乗って、田沢湖駅に到着したのは午前10時25分頃。天気は晴時々曇。この日田沢湖ではマラソン大会が開催されており、レンタカーを出発した途端、ランナーと並走す
平成30年9月上旬、鳥取県の廃村探索、雨の中、柿原集落を探索すると、多くの往時からの家屋が建つ中、新しいマキが積まれているなど、各所にSENROの活動の気配が感じられた。集落の雰囲気は保たれており、この集落外の組織による廃村再生プロジェクトがどのよ
平成30年9月上旬、鳥取県の廃村探索、清常神社から300mほどで三差路があって、枝道に入るとすぐに、クルマが停まった整った家屋が建っていた。集落を歩いていると、公民館の建物前で「廃村復活プロジェクト」の一般社団法人SENRO関係の方(Sさん)と出会った
平成30年9月上旬、鳥取県の廃村探索、若桜鉄道八東駅入口の角には小さな商店があって、店の方にご挨拶すると、店で焼きそばを食することができることがわかった。ここで昼食をとるイメージで、傘をさして柿原を目指し歩き始めた。八東駅近辺には才代という市
平成30年11月中旬、山形県の廃村探索、3日目の大石田町 農山村の廃村 藁口(わらぐち)にも平成20年7月以来、10年ぶりに訪ねた。藁口には「わらぐちそば」というそば屋と、「ワラ口のコナラ」という町指定天然記念物の巨木がある。駒籠小学校藁口分校は、へき
平成30年11月中旬、山形県の廃村探索、3日目の大石田町 農山村の廃村 小平(こだいら)には平成20年7月以来、10年ぶりに訪ねた。再訪の廃村では、その変化に驚かされることがある。十八坂と呼ばれる手前の大石田鉱山(珪砂の鉱山)から小平へ向かう道、10年前
平成30年11月中旬、山形県の廃村探索、2日目の鶴岡市 鉱山集落の廃村 桝形(ますがた)には、クルマを降りてから片道5�劼瞭擦里蠅髻¬鼠� 村影さんと2人で歩いて訪ねました。桝形の探索は2時間近く。神社跡、ズリ山、鉱業所関係の施設跡、大きなプール跡が見
平成30年戌年、19度目の廃村探索、2泊3日で山形県の廃村に行ってきました。訪ねた廃村は、寒河江市畑、清水山、柳ノ沢、西川町高旭、砂子関、月山沢、鶴岡市桝形、大机、河倉、長滝、大石田町藁口、小平(計12か所、初訪10か所、再訪2か所)です。心配された
「コミケ95」(冬コミ)当選の動きを受けて、今朝、冊子『廃村と過疎の風景(10)』 廃校廃村を訪ねて�供聞耽�越東海)の案内を作成しました。 http://www.din.or.jp/~heyaneko/haison10.html完成予定は、12月下旬です。制作の進行はもちろんですが、JPOの近刊
「廃村と過疎の風景」第1集〜第10集、出展します(^_^;) ●日時 2018年12月31日(月)10時〜16時●場所 東京ビックサイト(西地区“く”ブロック−19a) サークル名:HEYANEKO *「コミケ95」(3日間開催)の3日目です。 *出展するブロックのジャンルは、
平成30年10月下旬、茨城県神栖市への日帰り旅、廃村 深芝浜(ふかしばはま)には、3つの移転記念碑があります。なぜ3つあるかというと、深芝浜の集落の規模は大きく(移転戸数214戸)、主要な移転地が4つ(大野原、平泉、知手、横瀬)あるからなのです。移転
平成30年戌年、18度目の廃村探索、愛媛県の廃村に行ってきました。訪ねた廃村は、今治市龍岡木地、鈍川木地、西条市黒瀬本郷、今宮、虎杖土場(計5か所、初訪3か所、再訪2か所)です。単独の旅でしたが、いろいろな出会いがある1泊2日でした。再訪の今宮、虎
平成30年10月下旬、茨城県神栖市へ、取材を兼ねて廃村 深芝浜(ふかしばはま)の離村記念碑を見に行ってきました。8月の福島・八溝山麓行きに引き続き、交通手段はレンタルバイクです。前回はオフロード250ccの2台でのツーリングでしたが、今回はクロスカブ11
平成30年8月上旬、富山県の廃村探索、旅3日目。大岩小学校大沢冬季分校はへき地等級、児童数不明、大正8年開校、昭和43年閉校(閉校時期は、奥の廃村 中ノ又の元住民の方とのやり取りで確定)。離村時期は昭和50年頃。分校跡は唯一残る家屋の川向い、橋を渡っ
平成30年8月上旬、富山県の廃村探索、旅3日目、魚津のビジネスホテルで起床したのは朝5時。天候は概ね曇。富山駅のレンタカー返却予定は朝9時のため、前日に引き続き早朝の出発となった。「廃村千選」富山県42か所の〆となる上市町大沢(おおさわ)は、この6
平成30年10月上旬、富山県の廃村探索、300m進むために再び単独で出かけるのも何なんで、金沢大学の林直樹さんにお声をかけたところ、学生2名(野村さん、亀山さん)を含め、4名で合同探索することになった。クルマは「通行止」の標示板がある場所から500mほど
平成30年10月上旬、富山県の廃村探索、下小屋へ2か月ぶりにやってきた。忌まわしかったオロロは、影も形も見られない。8月に折り返した地点を過ぎ、分校跡付近に近づいたところ、Vサインを出した森の女神様が現れた。 (2018年10月6日(土)12時50分頃)
平成30年8月上旬、富山県の廃村探索2日目、太美山小学校下小屋分校はへき地等級5級、児童数5名(S.34)、大正5年開校、昭和41年10月閉校。同時期に戸数7戸の集落も離村した。分校跡に建つという跡地の碑が見つからないまま、険しい県道は川沿いの平地を過ぎ
平成30年8月上旬、富山県の廃村探索2日目、廃村 下小屋(しもごや)を過ぎ、「何とかなるだろう」と険しい県道を進んでいると,土砂に埋まって道が途切れている箇所に出くわした。その様子に「この県道が再び開通することはないのだろう」と思った。難所を越
平成30年8月上旬、富山県の廃村探索2日目、廃村 下小屋(しもごや)を目指して、険しい県道をひたすら歩く。 水無や若杉のオロロはクルマにたかってきただけだったが、下小屋のオロロは凶暴で、歩いている間にも攻撃してくる。足元を見ると、上体よりも濃い
平成30年8月上旬、富山県の廃村探索2日目、若杉に続いて訪ねた廃村 下小屋(しもごや)は、小矢部川の最上流部にある。まず現地に向かう前に、下小屋分校の本校があった太美山(ふとみやま)の小学校跡地に立ち寄った。太美山小学校の閉校は昭和46年(名目統
平成30年8月上旬、富山県の廃村探索2日目、廃村 若杉(わかすぎ)の探索、集落跡を訪ねた後は、そのやや上手、林道高清水線と旧五箇山街道の交点付近にある「若杉集落跡」の碑を見るためクルマを走らせた。林道の入口に「車両通行止」の案内板があって、やや
平成30年8月上旬、富山県の廃村探索2日目、若杉(わかすぎ)へと向かう歩道は進んでいるうちにだんだん頼りないものになったが、やがてスギ林の中に石垣や建物が見つかった。若杉には城端と五箇山を結ぶ街道(五箇山街道)が通り、明治大正期は物資の中継地や
平成30年8月上旬、富山県の廃村探索2日目、一つ目の目標 旧城端町若杉(わかすぎ)は、川から離れた緩斜面にある。大鋸屋小学校跡から若杉までは4�劼曚鼻B波�川に沿った道は細いダートになって、やがて行き止まりになった。クルマを降りようとすると例によっ