平成30年2月8日(木)、冬の北海道・後志の廃校廃村探索1日目、クルマを借りた余市からは、まず積丹半島を目指した。雪がちらつく真冬日、R.229を50km/hぐらいで走っていくと、豊浜トンネルにたどり着いた。通過しながら、かつてあった崩落事故のことを考えて
平成30年2月、冬の北海道・後志の廃校廃村探索、レンタカー(1日+6時間)は余市で借りた。新千歳空港から小樽乗換え余市行きの列車は、やけに込んでいる。「雪まつりのシーズンに行くものではない」という声があるが、「なるほど」と実感する。余市のレンタ
平成30年2月、冬の北海道・後志への旅、土産として、余市のセイコマでやきそば弁当を2つ買った。東洋水産の製品だが、北海道ローカルで、ラオウさん、成瀬さんによると「道民のソウルフード」らしい。中華スープ付きというのが興味をそそる。軽いのはよいけれ
平成30年戌年、2度目の廃村探索、北海道・後志の廃村に行ってきました。道内は3泊4日(2/7(木)〜11(日))です。計画の目標は8か所(神恵内村オブカル石、黒松内町上大成、東栄、五十嵐、京極町脇方、錦、東花、喜茂別町知来別)。行くことができたのは、
平成30年1月、宮崎県の廃校廃村探索2日日、かつては営林事業に係わった高度過疎集落 吉牟田(よしむた)の探索、集落の田畑は部分的に使われているようだが、人の気配はない。代わりに遠くからイヌの鳴き声が聞こえてきた。「地理院地図」Webにまとまった家屋
平成30年1月、宮崎県の廃校廃村探索2日日、巣之浦官行からはレンタカーを取りにえびの飯野駅に戻り、ムーヴ先行のクルマ2台体勢で吉牟田(よしむた)へ向かった。しかし、吉牟田までの道はピストンなので、途中、石積みの橋のところで「この先は一台に戻りま
平成30年1月、宮崎県の廃校廃村探索2日日、探索は困難と思われる巣之浦官行(すのうらかんこう)営林集落跡だが、それでもしぶとく痕跡探しをしていると、三差路のすぐ脇のスギ林の中にレンガ造の構造物が見つかった。この構造物が何なのかはわからなかったが
平成30年1月、宮崎県の廃校廃村探索2日日、狗留孫神社に続いて、訪ねることになった巣之浦官行(すのうらかんこう)は、旅の1日前(1月5日(金))、『ここに学校があった』を読んでいて「廃村千選」の条件を満たす営林集落として、新たに見つけたものだった
平成30年1月、宮崎県の廃校廃村探索2日日、最初の目標、鉄山(てつやま)営林集落跡の探索、飯野小学校鉄山分校は、へき地等級2級、児童数26名(S.34)、昭和22年開校、同38年閉校。「ここに学校があった」には鉄山分校跡に残された噴水塔の写真が掲載されてい
土曜日(1/27)の朝に作ったかまくら、8日目の朝を迎えました。昨日(2/2)の朝は雪で、どうなることかと思いましたが、雪は積もらず、その後雨が降ってやや暖かかったからか、ついに崩れてしまいました。作った後、どのような過程で崩れるかも、興味深かった
土曜日(1/土曜日(1/27)の朝に作ったかまくら、7日目の朝を迎えました。昨日(2/1)雨が降ったからか、ついに形が変わってきました。高さは40�僂曚匹砲覆蠅泙靴拭雰鄂�の夜は 54�僉法�昨夜は正面がM字形になって、背面に穴が開くほどになっていました。今
土曜日(1/27)の朝に作ったかまくら、5日目を迎えました。そして、月食の夜です。形はしっかり保たれており、前日の56�僂�らこの日54�僂函�背の高さもほとんど変わりません(完成時80�僉法�しかし、さすが月食、わくわくしますね(^^)寒空の下、欠け始め
平成30年1月、宮崎県の廃校廃村探索2日日、西都城の宿での起床は未明5時半。ほんのり二日酔いっぽかったが、朝風呂と朝食で何とか乗り切る。身支度をして夜明け頃西都城を出発し、えびの飯野駅に到着したのは8時25分。まもなくむっちーさんの軽の箱バン(ハイ
平成30年1月、新春いちばん、宮崎県の廃校廃村探索1日日、農山村の廃村 板谷(いたや)では県道(33号都城北郷線)沿いの山の斜面に、バス停、郵便ポスト、案山子など多くのアートが置かれた空間を見つけた。後で調べたところ、板谷出身の方が1年かがりで制作
平成30年1月、新春いちばん、宮崎県の廃校廃村探索1日日、家一郷からは、平成26年5月にも訪ねた農山村の廃村 板谷(いたや)を目指した。広渡(ひろと)ダムの建設(平成5年竣工)に伴う廃村(昭和59年頃離村)で、前回訪ねたときは痕跡の少なさに「村跡を消
平成30年1月、新春いちばん、宮崎県の廃校廃村探索1日日、椿山キャンプ場となった家一郷(かいちごう)営林集落跡、クルマを停めて探索すると,閉ざされたキャンプ場の入口に「家一郷製品事業所跡」の碑が見つかった。碑の裏面には「昭和28年〜47年」と刻まれ
金曜日(1/26)の夕方、南浦和のイタリアンレストラン前で中にワインやバーボンのボトルが入った小さなかまくらを見て、「このぐらいのかまくらだったら、作れるかもしれないな」と思った。土曜日(1/27)の朝、早速かまくら作りを実行した。ルーフバルコニー
平成30年1月、新春いちばん、宮崎県の廃校廃村探索1日日、JR内海駅で短い昼食休みをとった後は、もうひとつの目標 家一郷(かいちごう)を目指した。鏡洲小学校家一郷分校は、へき地等級2級、児童数40名(S.34)、昭和28年開校、同39年閉校。五万地形図(日向
平成30年1月、新春いちばん、宮崎県の廃校廃村探索、1日日の目標、宮崎市納屋平(なやがひら)、家一郷(かいちごう)は、ともに戦後の営林集落で、これという痕跡は見つからない可能性が高い。事前の調べでは、家一郷は跡地がキャンプ場になっていて行きやす
年に一度ぐらいなら、雪が積もるのもよいものですね。日常の生活を送りながら、旅に出たような非日常を味わうことができます。月曜日に積もった大雪は、その後の「数年に一度」という寒気のおかげでしばらく融けずに残りそうです。路面凍結も超低温も、うんざ
いや、すごい雪でしたね。首都圏の本格的な積雪は平成26年2月以来(4年ぶり)とのこと。4年前のその頃、私は三重県、広島県方面の廃村に出かけていまして、小田原で20分ほど運転停車があったことを思い出します。ガーデンでも鉢植えは軒並み冠雪しました。1時
平成29年11月3日(金祝)、富山県の廃村探索の旅、この日最後の目的地 中河内(なかのこうち)出発は午後3時45分。この日の宿 利賀村北原(きたばら)の民宿「利賀乃家」までは40�劼△辰燭�、暗くなる前、午後5時頃に到着することができた。「利賀乃家」に泊
平成29年11月3日(金祝)、富山県の廃村探索の旅、中河内(なかのこうち)に到着したのは午後3時20分、橋の手前の大ぶりの作業小屋前にクルマを停めた。太美山小学校(のち南部小学校)中河内分校は、へき地等級4級、児童数20名(S.34)、大正12年開校、昭和
平成29年11月3日(金祝)、富山県の廃村探索の旅、刀利からこの日最後の目標 中河内(なかのこうち)へ通じる道は県道(54号 福光上平線)なのだが、通じているだろうか。ちょうどバイクに乗った地域の方(Rさん、80代ぐらいの男性)が来られて、先述のTさん
平成29年11月3日(金祝)、富山県の廃村探索の旅、臼中からは県道(10号 金沢湯涌福光線など)をつないで、ダム建設に伴う廃村 刀利(とうり)を目指した。ダムに近づくに連れて「この先通行止」が気になってきたが、ダム湖東側の親水公園までたどり着くこと
平成30年戌年、新春いちばんの宮崎県廃校廃村探索では、埼玉・東京で行かなかったので、どこかの神社で初詣ができればと考えていた。天文館「柿の実」での飲み会で飲んでいるうちに、むっちーさんも、初詣に出かけていないことが判明。「こりゃクルソン神社に
平成30年戌年、初めての廃村探索1日目、鹿児島駅から天文館まで、どのくらいかかるかわからなかったが、交通事情がわかる稲盛さんにまかせて、わいわい話しているうちに路面電車は天文館通電停に着いた。天文館のスナック風居酒屋「柿の実」に来るのは今回が2
平成30年戌年、初めての廃村探索1日目、西都城駅発夕方4時4分の普通電車、国分からは鹿児島都市圏という感じになる。国分−鹿児島中央の運行本数(普通)は、西都城−国分の3倍以上ある。友人(稲盛さん)も乗ってきて、賑やかになる。竜ヶ水を過ぎたあたりか
平成30年戌年、初めての廃村探索、1日目最後の目的地 日南市板谷(いたや)からはこの日の宿の最寄り駅 JR日豊本線 西都城(にしみやこのじょう)へと向かった。駅は板谷から県道(33号 都城北郷線)をまっすぐ走って、突き当たりにある。高架の大きな駅で、