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2015年05月02日22:57

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地下P31:絶望に瀕しつつも

 みんなに危機が迫っている。それがわかっていながら、けれどヒナは動けずにいた。
 バット星人は待っている。自分が仲間たちに危機が迫り来ると知らせるのを。そして仕掛けてくるのだ。知らせを後追いの形で裏切り仲間たちを破滅させるため。それを見せつけることでこの心を挫き絶望に陥れるため。そのとき心が死んだこの身は生きたまま喰われるのだ。無慈悲な敵がゼットンと呼ぶものに。自分がこれまで他の怪獣たちを喰らってきたように。
 何をしても無駄だという思いに、絶望に、ずたずたに苛まれた心は鉛に転じゆくかのようだった。けれど鈍色の毒牙が深く深く潜り込んだその先に、それでもなお抗おうとするものがあった。ぼろぼろに喰い破られ削り取られた食い残しの芯のごとき最後の領域。これまでも追いつめられた果てに彼女を行動に駆り立てていた人格の根元ともいうべきもの。それが普段の性格の基調を成していた優しさと裏表の弱い部分が損なわれ囓り取られたことで露わになったのだ。
 支えているのは確かに怒りであり恨みであった。だがその黒き感情に丸ごと覆われつつも、絶望の沼に没するのを許さないのはヒナ自身の思いだった。もはや疲弊しきった彼女自身が自覚できずにいようとも、それは内なる声の形をとって問い続けてやまずにいたのだ。

 なにもせず、ただ見殺しになどできるのか、と。

 ついにヒナは廃墟の泥沼から立ち上がり、虚空からのしかかる見えざる悪意に喘ぎながらも仲間たちのところへ戻り始めた。


−−−−−−−−−−


「そんなわけで、気がついたら俺はこのビルにいたんだ。確かに飛行機を操縦していて、奴の冷気をくらったはずなのに……」
 話し終えたタイガの目の前で、皆が互いに顔を見合わせた。
「不思議なものだな。私たちもビルごと氷付けになったはずなのに、目が覚めたら誰も凍傷の跡ひとつないんだ」
 眉をひそめたアンナの言葉に、リーサも頷きいい添える。
「凍傷どころか、サワは折れたはずの脚まで治っているんです。まだ走るのは無理だけど……」
「無理ってわけじゃねえよ。ちょっと痛いだけなんだ」
 顔をしかめつつもジャンプしてみせるサワを、あわてて止めるリーサ。すると、
「ダイナだ、きっとダイナだよ!」
 タケルの言葉にタイガは顔がこわばるのを感じた。だがそんなことなどおかまいなく、子供たちがいっせいにリーサに群がり騒ぎ出す。
「ダイナなの?」「助けてくれたの?」「帰ってくるの?」
 とまどいの表情を素早く隠し、リーサが子供たちに微笑みかける。
「……そうよ。みんながいつも頑張ってるから、きっとダイナが助けてくれたのよ。だから」
「願ったら、諦めなかったら帰ってくるってのかよ? 気休めもほどほどにしろ! よけい辛くなるだろうが」
 抑えられなかった言葉をタイガは悔いたが、もう遅かった。固まった子供たちのただ中でリーサが自分を睨みつけていた。視線に射抜かれたその心に、返される言葉が食い込んだ。
「……私は小さかったけど、ダイナがブラックホールに呑まれたのを覚えています。怖くて泣いた私に姉さんが彼のしたことを、してくれたことの意味を教えてくれました。本当にわかったのはずっと後だったけど……」
 色を失くした頬を雫が伝い、震える声がついに咽んだ。
「そんな彼に憧れちゃだめなんですか? 身を投げ出して人類を救ってくれたあの姿に、希望を託すのも間違いなんですか?」
「悪かった! そんなつもりでいったんじゃねえ。少しイライラしてただけなんだ……」
 拳を握りしめつつ絞り出すその言葉に、アンナが思い当るかのような顔で口を開いた。
「タイガ、まさか」
 だが、その言葉を子供たちの叫びが断ち切った。
「ヒナちゃん?」「ヒナちゃんだ!」
 振り返ったタイガの目が、心が、入口の陰から覗き込むやつれ果てた少女を認めた。


地下版サーガプロジェクト32:掌の上での遭遇 →
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← 地下版サーガプロジェクト30:黒き炎の中で
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