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2012年01月31日23:44

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外伝7 第7章

『隻眼の邪法師』〜アルデガン外伝7〜

第7章 蠢く村

「こ、これはなに?」
 洞の闇に目を見開いてリアはうろたえた。彼方から飛び込んだ声ならぬ断末魔に叩き起こされた魔少女の感覚を、得体の知れぬものの気配がかき乱していたから。
 この地へ飛来する途上、はるかな空の高みから獲物である人間の存在を捉えた能力は、すでに川上の村に住む人々の気配も捕捉していた。それゆえにリアはこの数日、あえて村に近づかずこの洞に潜んでいたのだった。まだ耐えられないほどではない渇きが村に近寄ることでかきたてられるのを怖れたからだが、あのとき地上の獲物の数を感知したその忌むべき力も、村まで距離のあるこの場所から一人一人を感じ分けることまではさすがにできず、村の位置に固まり合って蠢く気配として村人たちを感知していたのだ。

 だが今、村の北に、新たな気配の蠢きが出現していた。それは村で蠢く気配と似ていた。けれど洞に潜む華奢な少女の呪わしき感覚は、漠とした違和感を訴えてやまなかった。たしかに似てはいる。でも、どこかが違う……。
 そのとき淡い金髪の少女の脳裏に、もうかなり前のことになったあの夜、白髪の乙女の姿を持つ至高の吸血鬼が告げた言葉がよみがえった。

 なんだかいびつな、不完全な存在を感じる。

 時空を越え放浪するただ一人の生まれながらの吸血鬼。人間という種族が宇宙の理を歪めうる力を持つがゆえ、その姿を映して生まれた理の体現者。あたかも月に浄められたかのような銀色の平原で、黒衣の背に純白の髪を流す乙女の姿のあのものはリアに告げ、そして試すような面持ちで付け加えたのだった。人の心を保つその身でなにを思うか、見てみたいとも。

 あのものがいったのはこのことだったのか? ならばこれは、人間が禁断の力に手を伸ばしたことで生み出されたなにものかのはず。そしてそれは、手前で蠢く村人たちの気配にどんどん迫りつつある! とうに人間でなくなった少女の背を忘れかけていた戦慄が走った。寝床代りの平たい岩から跳ね起き洞を走り出ようとするリアを、だが魔獣の黒い体躯が阻む。
「どいてガルム!」
「マダ日ガ沈ミキラヌ。目ガ焼ケル」
「目なんかどうでもいいわ。行かなくちゃ!」

 巨体を押しのけ外へ出たリアを天に燃える残照が直撃し、目が炙られる苦痛に悲鳴を噛み殺した口から細い牙が覗く。たちまち盲いた少女の姿の吸血鬼の、だがその超常の感覚は流れるように村に押し寄せる異様な気配を捉え続けていた。村へ近づけずにいた自分への怒りと焦りが、背後の魔獣への叫びと化す。
「ガルム早くっ」

 ようやく薄れ始めた真紅の天蓋へと舞い上がる黒い魔獣。だが時遅く、妖しき気配はついに村の北端に達した。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「日が落ちる。今日は帰るぞ」
 村外れで麦刈りに精を出していた農夫たちは、リーダーのジェルギの声に鎌を振るっていた手を止め、かがめ続けてこわばった腰を思い思いに伸ばした。そのとき一人が声をあげた。
「お、フェレンツじゃねえか? おーい」

 手を振る男の視線の方角を振り返った一同の視線の先に、丘の上に薄れゆく残照を背にして見習い狩人が立っていた。と思うと足早に丘を下り始めたのを見て、男たちははやしたてた。
「はは、おめえも腹ぺこかよ」「師匠を放ったらかしたぁ困った奴だ。ゾルタンに殴られても知らねえぞ」

 そんな声に返事も返さず坂道を下ってくる若者を一同がさらにはやそうとしたとき、丘の上に現われた新たな人影。しかしそれは、彼らの知る狩人頭の身なりをしていなかった。
「ありゃ誰だ?」
「ゾルタンじゃねえぞ」

 よく見ようと目をこらしたとたん、続々と姿を現わすさらなる人影。見下ろすどの目も燠火のように赤いのを見た一同の驚愕が恐怖に転じた瞬間、間近で上がる悲鳴! 視線を戻した眼前で、見習い狩人のはずだった若者に喉笛へ食らいつかれたジェルギが痙攣する恐ろしい光景にあるいは逃げ出し、あるいは腰を抜かす農夫たち。太い鎖をじゃらつかせながら坂道をなだれ落ちてきた怪物たちが逃げ遅れた人々に襲いかかったとき、ジェルギもまた立ち上がり、たった今まで仲間だった者に牙を立てる。地獄絵図さながらのそんな恐怖の光景を闇が無慈悲に塗り潰してゆく中、家々からの悲鳴や絶叫ばかりが尾を引きながらもつれ合う。


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「眠れんのか、アラード」「ええ。すみません」
 ボルドフに返事しながらも、赤毛の戦士もまたあちこちで藁が音をたてるのを耳にしていた。どうやら寝つけないのはみな同じらしかった。
「まあ、こんな状況下で眠れるほうがどうかしてるが」
「隊長もおかしいと思われますか?」
「でなければ泊めてくれとはいわん。こうするのが一番手っ取り早いからな」
「でもひどく怖がられているようでした。あれでも朝になれば、口を開いてくれるんでしょうか?」

 そういったアラードは、身を起こしたボルドフの顔に浮かんだ呆れたような、それでいて感慨深げな表情に口ごもった。そんな弟子を見つめる剛剣の師の目は、どこか柔らかなものだった。
「お前を見ていると、アルデガンが失われたことがつくづく惜しまれる。人間というものへの信頼の心は、あの場でこそ力を発揮するはずのものだった」
「まこと、そなたたちの導きや良し」
 老師アルバも立ち上がりメイスと盾を手に取るが、その目にも同じ柔和な光が宿っていた。
「だが悲しいかな、我らが立つは混沌の大地。人が獣として振る舞うこの地では、我らも獣のごとく危難を嗅ぎ付けねば生き残れぬのだ」
「おっしゃる意味がよくわかりませんが」
「アルバの言葉どおりだよ。匂いに気づかぬか?」

 僧院長オルトにいわれ空気を嗅いだ赤毛の若者が叫ぶ!
「油と煙? まさか!」
 瞬間、馬小屋の板壁に突き立つ無数の火矢。窓から飛び込んだ一本の火がたちまち敷き藁に燃え広がる。凄まじい力で仕切板を引きはがすや、一枚をアラードに渡すボルドフ。
「せめてもの盾だ。俺と二人で矢面に立つぞ。矢を弾くつもりで振り回せ。グロスは出口で目潰しを一発頼む!」
 火の回る中で頃合いを測り、小屋が崩れ落ちる寸前に脱出する五人。目潰しの閃光のおかげで火矢の直撃を免れ、いまや残骸と化した馬小屋を背に遠巻きに囲む村人たちと対峙する破邪の使徒たち!


第8章 炎を抜けて(前半) →
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