古代人のDNAがどうやってエスコーラル洞窟の赤い顔料と方解石の混合物に入り込んだのか、正確なことは依然として不明だ。
◎先史人の行動の研究に新たな幕開け
唾液、汗、その他の体液など、あらゆる可能性を検討したものの、DNAの由来は特定できなかった。今後の分析で解明されるのを待つしかない。とはいえ、古代のDNAの抽出に成功したこと自体が、大きな前進だ。
「長年、このゴールを目指して研究がなされてきたが、手が届かなかった」と、イポリト・コジャド・ヒラルド氏は語る。同氏は、スペインのエストレマドゥーラ州政府所属の考古学者で、ファースト・アート・チームを率いてきた岩絵研究者の1人でもある。「この研究は多くの点で、岩絵や先史時代の人間の行動に関する研究で新たな時代の幕開けを告げるものだ」と同氏は語る。
◎スペインのエル・コバロン洞窟でも
ポルトガルのエスコーラル洞窟に加え、スペインのエル・コバロン洞窟(写真)でも、顔料が付着していない壁から採取したサンプル2点から古代人のDNAが検出された。これにより、DNAが検出されたサンプルは合計5点となった。
コバロン洞窟のサンプルは、どちらも動物のDNAをわずかに含んでいた。研究者らによると、一方は少なくとも2000年前、もう一方は少なくとも1000年前のものだという。
また、両サンプルからは、十分な量の遺伝物質が得られたため、それらがホモ・サピエンスの女性に由来し、おそらく遺伝的集団「西ヨーロッパ狩猟採集民」の1万6700〜5200年前のグループと近いことも判明した。
◎将来の壁画を描いたホミニンの推定にも途
「生物学的な性別が特定できるだけでも、洞窟壁画の研究に新たな道が開かれる」と、オーストリア、ウィーン大学の古遺伝学者のペレ・ヘラベルト博士は話す。
「このDNAが岩絵を描いた本人のものかどうかはまだ推測の域を出ないが、今回の検証により、将来的にそうした分析を行う道が開かれた」と評価する。
コジャド・ヒラルド氏は、他の洞窟の壁に残されたDNAを調べれば、どんな情報が得られるのか興味があるという。いずれDNA分析が、洞窟に暮らし岩絵を残した先史時代の人々を知る手掛かりとなると氏は期待を寄せている。特に、岩絵を描いたのがホモ・サピエンスかネアンデルタール人かで議論が分かれている場所では、大いに役立つだろう(写真=アルタミラ洞窟でのサンプル収集調査)。
◎まだごくわずかな成功例
一方で、この発見を前向きに評価しつつも、慎重な意見の研究者もいる。
「この先駆的な研究は、古代人のDNAが洞窟の壁に数千年にわたって保存され得ることを証明し、古遺伝学の可能性を広げたのは確かだ」と、デンマーク、コペンハーゲン大学の古遺伝学者エンリコ・カッペリーニ博士は話す。「ただ慎重な姿勢も必要だ。各遺跡の岩絵から採取された数多くのサンプルのうち、正真正銘の古代人のDNAが回収できたのはごくわずかなのだから」。
カッペリーニ博士はまた、いくつかのサンプルには人間と動物のDNAが混在していたことに言及し、堆積物の混入や水の流れといった自然の作用によって、データが曖昧になりやすいことを指摘している。
◎さらに最適な洞窟の選定に
ヘラベルト博士が指摘するもう1つの課題が、採取する時に岩絵を傷つけてしまうので、細心の注意を要する点だ。研究チームもその点を念頭に置きながら、DNA抽出の成功率を高める手法の改良を進めている。
その一方で、研究チームはサンプル採取に最適な洞窟の選定も行っているという。ボン・ペッツィンガー氏は最近、今回の手法で岩絵から古代人のDNAの抽出を試みようと、スペイン南部の洞窟をいくつか見て回ったという。
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