洞窟の壁から古代人のDNAを抽出することに、古遺伝学者らが初めて成功した。
何十年もの間、古代人や他の人類の遺伝情報を読み解こうとする研究では、壁画や遺物が残された洞窟の骨や土に含まれる物質を分析してきたが、2026年6月23日付けで学術誌「Nature Communications」に発表された論文によって、洞窟の壁そのものが数千年にわたり古代人のDNAを保存し得ることが実証された。
◎数千、数万年前に触れた?
ただし論文の著者らは、岩絵の作者が特定されたわけではないと注意を促す。現時点では、洞窟の壁に触った可能性のある古代人のDNAが見つかったに過ぎない。その人物は、絵を描いた人やそれを手伝った人かもしれないし、あるいは数百年、数千年後に絵に感動して壁を触っただけの人の可能性さえ否定できない。
「数千、数万年前に壁にもたれかかった人物のDNAを回収できるようになった。信じられるか?」と、この発見を主導した国際研究グループ「ファースト・アート・チーム(FIRST-ART Team)」の岩絵研究者であるジェネビーブ・ボン・ペッツィンガー氏は語気を強めて語る。
◎24の岩絵パネルから54点のサンプル採取
本プロジェクト用のサンプルを採取するため、ドイツ、マックス・プランク進化人類学研究所の博士課程に在籍し、本論文の筆頭著者であるアルバ・ボソムス・メサ氏らは、スペインとポルトガルにある11の洞窟に足を踏み入れた。そして、手形(ハンドステンシル)や単純な線や点などの24の岩絵パネルから54点のサンプルを採取した(写真)。その中には、スペインのアルタミラ洞窟の天井に描かれた、有名な赤いバイソンの絵から剥がれ落ちた顔料も含まれる(写真=赤いバイソン)。
さらに岩絵近くの、顔料が付着していない部分からもサンプルを採取したという。汚染を防ぐため、ほとんどのサンプルは、手袋を二重にはめてマスクをした者が、滅菌された使い捨てメスを使って、壁から直接削り取ったり切り取ったりして集めた(写真)。
◎赤い点1点だけ検出成功、ポルトガルのエスコーラル洞窟から
24の岩絵パネルの中で、顔料の付いたサンプルから古代人のDNAが検出されたのは1点だけだった。ポルトガルのエスコーラル洞窟(写真)にある岩絵の「パネル11」から採取された、何の変哲もない赤い点だ。サンプルは洞窟内の水から自然に析出する方解石に覆われていた。なおエスコーラル洞窟は、中部旧石器時代から新石器時代まで間欠的に人に住まわれた。
その赤い顔料と方解石からなるサンプルから、ホモ・サピエンスのDNAが検出された。洞窟の入り口が塞がり、洞窟内に出入りできなくなっていた期間などを考えると、少なくとも5000〜4000年前と推定される。これなら新石器時代か青銅器時代の可能性が高いが、それよりもはるかに古い上部旧石器時代(5万〜1万2000年前)の可能性もあるという。また、性別は特定できなかった。
◎岩絵の描かれていない壁からも古代人のDNA
また、サンプルに動物のDNAの痕跡はなかったことから、このDNAは人間が直接触れた時に付着したものであることが示唆される。ただし、DNAが顔料自体に付着していたのか、サンプル中の方解石の層に付着していたのかは分からない。
岩絵が描かれていない部分から採取した2点のサンプルからも、古代人のDNAが見つかった。1つは男性由来、もう1つは女性由来で、おそらく同じ時代のものと思われる。
女性由来のサンプルからは、動物のDNAの痕跡が認められた(男性由来のサンプルには無かった)。これは、地面の土が壁にこすりつけられるなどして、人間のDNAが間接的に壁に付着した可能性を示唆している。
これまで洞窟壁画から古代人のDNAが抽出されたことはなかったため、ボソムス・メサ氏らは結果を再確認しながらも、単なる偶然ではないかと気をもんだという。
(以下、続く)
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