中国、雲南省の蝙蝠洞(ビエンフ洞窟:Bianfu Cave)でデニーソヴァ人の歯、橈骨片、頭頂骨片の化石と彼らの製作したと見られる大量の石器が見つかった。9月9日付の『ネイチャー』に中国研究者を主にした国際チームが2編の論文で報告した。
◎ホミニン化石は頭頂骨片2点、橈骨片1点、歯4点
蝙蝠洞の発掘調査ではおびただしい動物骨片も見つかったが、研究チームはこのうちの7点をホミニンと特定した(写真=発掘風景)。
ホミニン化石の2点は頭頂骨片で、1点は橈骨破片、そして小臼歯など4点だ(下の写真の上=上の列の2点が小臼歯、下列左が橈骨、下列右は頭頂骨片2点;下の写真の中央=それぞれ橈骨と小臼歯を拡大したもの;下の写真の下=頭頂骨片の拡大)。
これらの骨からDNAは抽出できなかったが、プロテオミクス解析で骨のコラーゲンにデニーソヴァ人に特徴的なアミノ酸変異が示され、ホミニンはデニーソヴァ人と判断された。デニーソヴァ人の橈骨が見つかったのは、初めてだ。
◎中国でデニーソヴァ人特定は3例目
これで中国でのデニーソヴァ人の特定は、3例目となる。第1号はチベットの白石崖溶洞(2019年5月5日付日記:「チベットで初めてデニーソヴァ人の存在を確認、シベリア外では初めて、1980年発見の右下顎骨破片」
https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/201905050000/)、そして2番目が東北部ハルビンの「ホモ・ロンギ」頭蓋だ(25年6月21日付日記:「1933年発見の謎の『ホモ・ロンギ』もデニーソヴァ人だった;初の頭蓋の同定」
https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202506210000/)。
だが前2例は、すでに発見済みで詳しい種調査がなされていなかったもので、したがって発掘時の様子は全く分からなくなっていた。ちなみに台湾、澎湖島の澎湖1号下顎骨も、その後のプロテオミクス解析でデニーソヴァ人と判断されたが(25年4月15日付日記:「台湾海峡海底で見つかっていた澎湖1号下顎骨が古代たんぱく質解析でデニーソヴァ人と判明」
https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504150000/)、こちらも海底から台湾の漁民が引き揚げたものなので、背景は全く分からない。
その点、洞窟内で一次堆積していた化石を発掘した蝙蝠洞ホミニンは、貴重だ。
◎10万年前頃の中国大陸にデニーソヴァ人が広く分布か
蝙蝠洞の7点のホミニンの歯と骨の年代は、16万7000年前〜13万4000年前と推定された。ハルビンで発見され、後にデニーソヴァ人と推定された前記ホモ・ロンギ(竜人)の推定年代14万6000年前と重なる。また白石崖下顎骨の推定16万年前と近い。
つまり10万年前頃の中国大陸には、ホモ・エレクトス(北京原人の系統)絶滅後に取って代わったと見られるデニーソヴァ人が全土に広く分布していたようだ。
◎大量の石器群と獣骨も
さらに貴重なのは、洞窟内堆積層から、スクレイパー、チョッパー、ハンマーストーンなどの石器1366点も見つかった点だ(写真=見つかった石器群)。さらにこれらの製作に使われた骨製道具も発見されている。また上記ホミニン化石と石器群に混じって、6万点以上もの哺乳類骨破片も発見されている。
これらから骨の主であるデニーソヴァ人が、どのように石器を作り、使用していたかが、彼らがどんな動物を食物にしていたかを今後探れる。これまでのデニーソヴァ人遺物は彼らを取り巻いた状況が全く分からないホミニン化石だけの単独発見だったとは大きな違いだ。
石器の年代は、人骨の幅よりも広い19万年前〜7万年前のものと推定された。
また動物骨と花粉から、デニーソヴァ人の暮らしていた環境も大まかながら復元され、森林状で針葉樹が優勢だったことが示された。今後、層位ごとの獣骨の分析から、蝙蝠洞デニーソヴァ人の食生態も明らかになってくるだろう。
注 容量制限をオーバーしているため、読者の皆様方にまことに申し訳ありませんが、本日記に写真を掲載できません。
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昨年の今日の日記:「ボイジャー1号、打ち上げから48年;地球から251億キロも離れた太陽系の果てを今も秒速17キロで超高速飛行」
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