13日投開票された沖縄県知事選で保守の新人、古謝玄太氏が、現職の玉城デニーに圧勝し初当選を決めたた(写真)。12年ぶりの左翼からの県政奪還だ。左翼知事のもとで様々な妨害工作にもかかわらず着々と進んでいた辺野古基地建設は、古謝知事のもとでスムーズに進み、さらに自衛隊の離島展開への妨害も正される見込みだ。
◎接戦予想も古謝氏の圧勝、反基地キャンペーンに幕
今回の知事選の事前世論調査では、古謝氏と玉城の接戦が予測されていた。接戦となれば、最後は現職の強みで玉城が抜け出すかと予想したが(写真=選挙運動の全面に共産党の活動家が出た玉城陣営)、蓋を開けれは古謝氏の圧勝しなった。沖縄県民の左翼による執拗な反基地宣伝への離反が大きかったようだ。スターリニスト中国による悪くすると来年にもと危惧される台湾侵略を前に、県民の間に左翼、反基地キャンペーン離れが広がったと思われる。
今回の選挙で注目されたのは、沖縄県政界の主導権を握り続けた左翼統一戦線の「オール沖縄」の退潮が鮮明になったことだ。左翼県政死守に事実上のヘゲモニーを握る共産党は支持者を大動員して戦ったが(写真)、共産党自体の退潮もあり、盛り上がりに欠けた。逆に古謝陣営は、自民、維新の現与党の他、国民民主党や参政党も加わり、さらに中央で立憲民主党と合同していた公明党が古謝陣営についたのも注目される。
◎中道改革連合は「解体」決める
もともと立民と公明がこの1月に合同して作った中道改革連合は、衆院選対策のための選挙互助会に過ぎなかった。翌2月に行われた総選挙で、中道改革連合はボロ負けし、選挙目当ての野合が有権者にそっぽを向けられたことを証明した。
さて、その中道改革連合である。今月11日に同連合の旧立民系議員20人が同連合から離党して新党を結成することを決めた(写真=解体を決めた役員会の後、記者会見で説明する代表の小川淳也)。中道改革連合の過半数を占める旧公明党系の28人は元の公明党に戻る。
別の党になるのだから、両党とも独自の政策を掲げて競い合うかと思ったが、両党は衆院で統一会派をつくるという。それなら別の党に別れなければいいのに、と思う。極めて分かりにくい離合集散だ。
◎新進党と同じ末路
こうした野党の野合には既視感がある。1994年に結党された新進党だ。共産党と社民党を除く野党5党が集まって新進党を結成したが、96年の衆院選で敗れたことをきっかけに離党者が続出し、97年末に解党した。
つまり今回の中道改革連合の事実上の解党は、90年代末の新進党の焼き直しそのものと言える。野合は、8カ月しかもたず、新進党の3年にはるかに及ばなかった。
理念の一致もなく、ただ選挙のためにという合同・連合は、有権者の胸に響かない。
野党の政権獲得はさらに遠のいた。もしかすると、もう半永久的に不可能かも知れない。
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