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2026年07月13日04:56

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札幌・積丹紀行(9):開拓使時代の建築遺構「精華亭」を観る

 駐車場に戻ると、バスの集合時間にだいぶ時間があった。カムイ番屋に入り、土産物をざっと見て、2階の資料館を観る。神威岬灯台の家族の悲劇は、そこの展示で知った。

◎明治開拓使時代の精華亭を訪れる
 これで本日のワンディーツアーは終わりだ。後は、札幌に戻る。
 札幌駅北口の駐車場に戻ったのは、4時頃だった。まだホテルに帰るのには時間がある。
 僕は、そこからスマホのナビを頼りに北八条通りを西に歩いた。7〜8分も歩くと、通りの右にクラーク会館が見えた。ここは、過去に何度も疲れを休めるために立ち寄ったことがある。
 目的地は、道路を挟んですぐ南(左)だ。通りから一段下がった所に小さな公園があり、その隣にひっそりと古びた木造の「清華亭」が建つ(写真)。明治天皇の北海道行幸の際、休憩所として1880年(明治13年)に建築されたという。築146年の文化財である。
 同じ頃に明治天皇の宿泊所として建築されたのが、今は中島公園にある豊平(ほうへい)館だ。豊平館は、元は市街地ど真ん中の北1条西1丁目に建てられたが、後に中島公園に移築された。

◎精華亭の内部の展示は大したことないが外観は素晴らしい風情
 豊平館とともに精華亭は開拓使時代の建築遺構としても貴重で、訪れる前にGoogleで検索すると屋内見学も可能とあった。
 見学は無料だった。その訳は入ってすぐ分かった。出窓のついた14畳くらいの洋室と10畳くらいの和室(写真)しかないのだ。展示も大したことはない。
 ただ庭や公園から観た外観は、開拓使時代の建築らしく、趣がある。庭園も広々としている(写真)。元は、札幌最初の公園である「偕楽園」という公園の敷地に建てられた。今、偕楽園はほんのわずかに児童公園として残る。

◎精華亭の建つ偕楽園にかつてはサケの上るサクシュコトニ川が流れた
 そしてかつては偕楽園に、秋にはサケが上るサクシュコトニ川が流れていたという。北八条通りを挟んだ北大構内、クラーク会館の前に広大な中央ローンがあり、そこをゆったりと流れるサクシュコトニ川があるが(写真)、その上流だった。サクシュコトニ川は、豊平川の扇状地から湧いた伏流水を集めた川だが、市街地の都市化で水源も枯れ、今では藻岩浄水場の水を運んで人工的に流されている。
 僕は、クラーク会館の横から北大キャンパスに入り、その中央ローンを散策しながらホテルに戻った。
 帰途、正門前の永倉新八の碑を拝礼したのは、もちろんだ(写真)。
(この項、続く)

注 容量制限をオーバーしているため、読者の皆様方にまことに申し訳ありませんが、本日記に写真を掲載できません。
 写真をご覧になりたい方は、お手数ですが、https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202607130000/をクリックし、楽天ブログに飛んでいただければ、写真を見ることができます。

昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(3):飛行機遅れで乗り継ぎ便に間に合わずイスタンブール泊に」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202507130000/

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