神威岬灯台を後にして、「女人禁制の地」の札のある門に向かって帰る。
◎「念仏トンネル」を見ていた!
帰りのチャレンカの道のアップダウンが辛い。往きより疲労しているからだ。僕の前を行く高齢女性が独り、かなり疲れた様子で歩みが遅い。失礼します、と言って、追い越した。
行く手の左の海岸を見る。断崖下の浜辺は意外と広い。
この時は気づかなかったが、突き出た岬に、2つの穴があった(写真)。後でカムイ番屋の2階の資料館で知った灯台守の家族3人の遭難の悲話をきっかけに村の人々が素手で岩を掘り抜いた「念仏トンネル」だ(地図)。この時は、もちろんその話は全く知らず、ただ岬の北側海岸を無意識に撮ったにすぎない。名前は分からないが海に突き出た岬の下、石ころの埋め尽くす浜辺の向こうに見えるのが、念仏トンネルだったのだ。
◎断崖下の海を遊覧船が往く
トンネルの穿たれた左端には浜辺は無く、岩が切り立っている。ここを登り降りてかつての灯台守の家族は買い出しに出かけたのだ。激しい波が打ち寄せたら、あっという間に波にさらわれただろう。この写真を見て、その家族とその遭難に動かされて素手でトンネル掘削に挑んだ先人に頭を垂れる思いだ。
積丹ブルーの海に漁船風の舟が走っていた(写真)。遊覧船らしい。前に乗っている船客がライフジャケットらしいものを身につけている。
◎強風や霧で無くと幸いだった
ようやくスタート地点の門が見えてきた。後ろを振り返ると、かるか先の神威岬灯台が小さく見える(写真)。ちなみに風の強い日は、チャレンカの道は閉鎖されるという。
両側から切り立った崖の様子を見ると、強風に煽られたら危ない。僕たちは運が良かった。ちなみに神威岬に来るまで、ガイドさんは以前の積丹半島ツアーでは、霧で岬は何も見えなかったという。風は無くとも、霧がかかれば訪れた甲斐が無い。
「女人禁制の地・神威岬」と書かれた門を見て、誰でも禁制になることがあることに、思いをいたした。
(この項、続く)
注 容量制限をオーバーしているため、読者の皆様方にまことに申し訳ありませんが、本日記に写真を掲載できません。
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昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(2):旧社会主義国の負の遺産を抱えてか、飯は不味く、設備も二流」
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