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2026年05月21日02:06

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1700年前のマヤ王墓と宝を発見、伝説のカラコル初代の王か、ベリーズのカーナ神殿群遺跡(上)

 古代マヤ文明の都市カラコルの遺跡で40年近く調査を続けてきた考古学者のダイアン・チェイス氏とアーレン・チェイス氏夫妻らが、1700年前のある支配者の墓を発見した、とアメリカ・ヒューストン大学が昨年7月10日付けで発表した(写真=カラコル遺跡で最大の建造物のカーナ神殿。高さは40メートルを超える)。
 彼らの主張が正しければ、この墓はカラコルで最も古い王族の埋葬例であり、初代の王テ・カブ・チャクの墓の可能性がある。

◎翡翠の仮面と骨
 これは極めて重要な発見と言える。というのは、マヤ文明の王墓が見つかることは極めて珍しく、ましてや王朝の創始者となればなおさらだ。
 この墓と、同遺跡で見つかったその他の出土品は、マヤ文明と遠方の異なる古代文明の大都市テオティワカンとの関係が、これまで考えられていたよりも早い時期に始まったことを示す証拠になりえると研究者らは考えている。ただし一部の専門家は、墓の主の名前を記した碑文や、その人物の正体を示すDNAの分析結果がない限り、そうした主張は推測に過ぎないとも指摘している。
 発見者のダイアン・チェイス氏らは、墓の内部の様子に基づき、ここに埋葬されていた人物はマヤ社会のエリート層の一員であったと考えている。墓の中からは、辰砂(しんしゃ)と呼ばれる赤い鉱物(奥)や土器(手前)、珍しい翡翠の石の仮面(写真=玄室内で調査するダイアン・チェイス氏、翡翠の仮面は左側で見つかった)などが見つかっている。

◎未盗掘の玄室を発見
 ベリーズの鬱蒼としたジャングルの奥深くで、アーレン・チェイス氏のチームがこの墓を発見したのは2025年初め、遺跡の北東に位置する宮殿などの建造物を発掘していた時のことだった。翡翠の耳飾りも3組見つかった(写真)。マヤの遺跡から耳飾りが複数見つかることはめったにない。
 1993年に掘られたトレンチを改めて調べていたところ、偶然にもまだ誰も手を付けていない大きな玄室が見つかった。部屋の壁は、辰砂と呼ばれる赤い鉱物が塗られていた。
 アーレン・チェイス氏によると、カラコルで墓が見つかるのは珍しいことではないという。氏のチームはこれまでに、同遺跡において850を超える埋葬例と約175基の墓を発掘している。
 しかし新たに発見された墓は、それまでのどれとも異なる特徴を持っていた。

◎玄室内に男性の頭蓋と多数の遺物
 玄室の中にある遺物が普通ではなかったのだ。また墓の大きさ(高さ約2メートル、長さ約4メートル)もまた、ここに埋葬されていたのが重要人物であったことを示している。
 玄室の中からは、男性の骨とともに、マヤの貴重な遺物が大量に見つかった。例えば翡翠と貝殻を使ったモザイク細工のデスマスク(粉々に砕かれ、100個以上の破片となっていた)や、先述の翡翠の耳飾り3組、クモザルの顔が彫られた翡翠のビーズ4個(下の写真の上)、装飾的な土器(動物がモチーフとなっているものや槍を持った支配者が描かれたものなど=下の写真の4点)などだ。
 この他、まるで胴体から転がり落ちたかのように逆さまになった頭蓋が1つ、土器の中から見つかった。
 顎に歯根が吸収された跡が見られることから、この頭蓋は高齢者であった可能性が高い。研究者らは、この男性はおそらく寝台に横たえられた、あるいは座らされた状態で安置されていたが、寝台の腐敗によって骨格が崩れ落ちたと考えている。
(この項、続く)

注 容量制限をオーバーしているため、読者の皆様方にまことに申し訳ありませんが、本日記に写真を掲載できません。
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昨年の今日の日記:「アフリカ湿潤期『緑のサハラ』に文化伝播を通じてサハラ各地に広がった牧畜」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202505210000/

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