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2024年03月10日14:22

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山風銀行物語 第一部 第五話 電信振込の恐怖

武田は桑名手形交換所から戻り、副長の小西に帰店の挨拶をし、営業課に戻った。
「お帰りなさい。武田さん。手形交換所はどうだった?」と山中は笑顔で話しかけてきた。
山中は昨日と違い、仕事も落ちついて余裕な様子であった。
「今日は小切手・手形を現金と同様に大切に扱うことを心掛け、昨日のような失敗はしませんでした」
「それはよかったですね。今日は少し早いけど、これからお昼にしましょう」
武田と山中は午前十一時五十分頃、一緒に2階の食堂に上がった。
食堂には昨日と違うメンバー、窓口の榊原がいた。榊原はロングヘアーで目がくりくりっとしていてとても明かるそうな性格であった。
「武田くん。桑名支店はどう?」
「榊原さん、だんだん支店の雰囲気に慣れてきました。桑名支店は結構来店客が多いのですね?」
「そうねえ。桑名支店は、駅から近いから結構、お客さん多いですね。時々、山風銀行に取引のない一元客が振込に来るわよ」
「振込は確か、文書振込と電信振込があると思うのですが、どちらが多いのですか?」
「どちらかと言えば、電信振込が多いわよ。ほとんどのお客さんは当日中にお金を振り込まなければならない人だから。特に午後三時前は気を遣うわよ」
「なぜ午後三時前は気を遣うのですか?」
「午後三時前だと、電信振込の依頼を受け付けた後、処理が午後三時を過ぎてしまうと、その日までにお金が振込先銀行に届かないことがよくあるのよ。過去、一度、窓口で電信振込の受付をして大きな失敗をしたの」
「どんな大失敗をしたのですか?もし差支えなければ教えてくれませんか?今後の参考のために」
「うん、いいわよ。山風銀行では午後二時三十分以降の電信振込依頼のお客さんには『振込は翌日扱いになってもかまいません』という了解のサインをお客さんからもらう規則になっているの。でも、その時はまだ窓口業務に慣れていない頃で、さらに、とても支店が込み合っていて、気が動転してしまい、つい、そのお客さんからの了解のサインをもらうのを忘れてしまったの」
「それでどうなったのですか?」と武田は恐る恐る榊原に聞いた。
「結局、その振込は当日中に処理されなかったの。その後、電信振込を依頼したお客さんからひどい怒鳴り声で苦情の電話が私宛にかかってきたの。そのお客さんは、証券会社へ当日振込期限の株式購入代金を証券会社の銀行口座に電信振込で振り込んだの。その後、証券会社から約束の期日に株式購入代金が振り込まれなかったので、苦情の電話がお客さん宛にあったの。そのお客さんは証券会社からの信用を失うとともに遅延損害金を請求されたらしいの。そして、そのお客さんは、これは銀行の責任であるから、証券会社にお詫びの電話をするとともに、遅延損害金を銀行負担にしてほしいと強く要求してきたの。そのときはひたすら謝るしかなく、あとは小西副長にかわってもらい苦情の対処をしてもらったの」
「その遅延損害金はいくらぐらい発生したのですか?」
「そうねえ。NTK(日本電話公社)の株式1千株だったから約320万ぐらい振込したわ。遅延損害金は支払い金額×遅延日数×遅延損害金利30%だから約3千円ぐらいお客さんは負担したと思うわ。」
「大した金額じゃないじゃないですか?」
「でも銀行がお客さんに対して、現金で損害補償をすることは原則認められず、もし損害補償する場合には本店に対して、顛末書を書いて報告しないといけないの。そして、桑名支店の業績評価が下がってしまうの。加えて、そのNTKの株価は翌日、大暴落して、お客さんの怒りは銀行に向けられたの。株価が暴落したのは、振り込んだお金が証券会社の口座に届かなかった報いだとお客さんは信じ込んでしまったの」
「そうなのですか。で、その後、どうなったのですか?」
「そのお客さんは、翌日、桑名支店へもう一人のやくざ風の男を連れきて、昨日の窓口対応していたものを出せと怒鳴りこんできたの。その時、対応してくれたのは小西副長で、ちょうど私は、2階の食堂で昼ごはんを食べていて、食堂に小西副長から電話がかかってきたの。例のお客さんが来たから榊原さんはしばらく食堂にいなさいって。そして、その時の応対は松平支店長と小西副長がしてくれて、うまいことその男たちの怒りを丸くおさめたみたいなの。あとその証券会社には電話でお詫びするのではなく、支店長みずからその証券会社に出向いて土下座をしたそうよ」
「プライド高そうな支店長が自ら土下座なんて、信じられません。あと松平支店長はその男をどのように説得したか興味があります」
「噂話で、証拠はないですけど、支店長のポケットマネーで5千円相当の商品券を渡したみたいですよ。本来なら個人のお金で、お客さんの損失補填をするとかなりの罰則があるみたいだけど。そこまでリスクを犯して、この問題を解決してくれた松平支店長には頭が上がらないわ。そのような怖い目にあったので、それ以降は電信振込には相当注意を払っているの」
「大変なことがあったのですね。過去の貴重な失敗談お話頂きありがとうございました。とても参考になりました。自分も同じ失敗をしないように心掛けます」
「あら、窓口の交代の時間だわ。武田さん、お昼休み、ゆっくりとってね」と言って、榊原は1階へ降りて行った。榊原は、その大失敗の後、松平支店長から誘いがあり、ときたま二人で食事をし、そのあとラブホテルに行っているという事実はあったが、桑名支店のだれもがその事実を知らなかった。

しばらくすると「武田君。ごきげんよう。今日の手形交換所はどうだったかね。東和銀行の美人のお姉さん、麻賀さん?と話した?」といつのまにか小早川が武田の左横に座っており、昼ごはんを食べていた。
「ええ、まあ。今日は忙しいそうにしていたみたいでした」
「武田君。そんなこと言っちゃって、今日も麻賀さんと少し話していたみたいじゃない」と今井が横から口を挟んだ。
「武田君、頑張ってるね。おれがなにかアドバイスしてあげようか?」
「ところで、小早川さん。今日の朝礼の司会すばらしかったですね。小早川さんは
株式投資やっているんですか?」と武田は、すかさず、話題を変えた。
「おれ?おれは余裕資金は銀行預金に預けているから株式投資はしてないよ」
「そしたら、なぜ、日経平均株価など株式投資に詳しいのですか?」
「うちのお客さんで、株式投資に熱心な人がいてだね、お客さんの話に合わせるために毎日の日経平均株価はチェックしてるんだよ。武田君は株式投資しているのかね?」
「とんでもないです。自分は株式投資する余裕資金など全然ありません。でも祖母、父は株式投資しています。なんでも父は信用取引しているみたいです」
「ほう。祖母、父上そろって株式投資かね。信用取引は信用せず取引しないほうがいいよ。話によると株価が大きく下がったら追加証拠金を差し入れる必要があるからね」
「信用取引は損すると怖いのですね」
「武田君。今、ダジャレ言ったつもりなのに受けなかった?信用取引とかけて信用せず取引しないとかけているんだよ。笑ってほしかったなあ」
「なるほど。面白いダジャレですね。」と武田は作り笑いをした。
武田家は祖母の花子、父の信治と親子そろって株式投資しており、証券会社は同じ幸福証券を使っていた。武田はまだ株式投資をしていなかったが、数年後、株式投資をあるきっかけで始めることになる。

その後、しばらくすると食堂に電話がかかってきた。電話は松本が取った。
「武田さん。急ぎで小西副長が1階に降りてきてって」
「武田君、何かへまでもやらかしたのかね。昼休み中に食堂に1階から電話があるとろくなことがないからね。覚悟して行ってらっしゃい」と小早川は武田を脅した。
武田はまだ昼休み時間が15分ぐらい残っており、先ほどの榊原の大失敗の話、小早川からの脅しもあり、何か重大なミスをしてしまったのではないかと強い不安な気持ちを抱いていた。

                                    つづく

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