「潰してこい」と命令(あるいは心理操作)されて選手が試合に出される。
「会見をしてこい」と命令されて学長がいやいや記者会見を開く。
命令したのは、誰?
【ただいま読書中】『タンゴ・イン・ザ・ダーク』サクラ・ヒロ 著、 筑摩書房、2017年、1500円(税別)
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「顔の火傷を顔を見られたくない」という理由で、鍵をかけた地下室(キッチン、トイレ付き)に閉じこもってしまった妻K。「絶対に顔を見ないでくれ」ということばに、「鶴の恩返し」か?と私は呟きます。地方の役所のこども課職員の夫ハジメは激務に追われていることもあり、「そのうち出てくるだろう」と思っていましたが、早くも1箇月。さすがに家庭内別居が長すぎる、と思ったところで妻の顔が思い出せないことに愕然とします。
しかし、「火傷が治らない」わりには、ハジメが出勤中にKが用意する夕食は常に天ぷら。熱い油が飛び散る危険性は問題ないのかな。
夫婦の共通の趣味は、ビアソラ(タンゴとクラシックを融合させた人)の曲の演奏。しかし、かつて二人で演奏していたときの、情熱と官能性はどこに行ったのか、といぶかるうちに、ハジメは「世界の現実感」をどんどん失っていきます。
「ラスト・タンゴ・イン・パリ」だったらここで強姦シーンかな、なんてことも思いますが、話はもっと幻想的になっていきます。ハジメの記憶は肉体化し、あるいは自身の肉体を苛み、幻想なのか妄想なのか、あるいは超常的な世界に本当に住んでいるのか、地下室に閉じ籠ったのはKなのか、それともまさかハジメ自身なのか……ここまで“壊れて"しまったら、もう何でもありの世界です。そして物語と音楽は、唐突に終わります。たぶん、これで終わったはずです。
本書は、音楽(それもタンゴ)の一曲を文字で表現しようとして、それに半ばまでは成功した作品だと私には感じられました。「半ばまで」は褒め言葉です。だって、こういった試みはみじめな失敗に終わる場合の方が圧倒的でしょうから。
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