情報に非ず

　「テレビコマーシャル」で伝えられるのは、正確な情報ではなくて印象です。
　「扇情的なニュース」で届けられるのは、情報ではなくて情緒です。

【ただいま読書中】『火星からの侵略　──パニックの心理学的研究』ハドリー・キャントリル 著､ 高橋祥友 訳､ 金剛出版、2017年、2200円（税別）
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4772415858/ref=as_li_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4772415858&linkCode=as2&tag=m0kada-22&linkId=a38b205d715bf5ce5bdcb20a298bdfba
　1938年、Ｈ・Ｇ・ウェルズの「宇宙戦争」を原作とするラジオドラマが、百万人以上の聴取者を恐怖させ、数千人にパニックを起こさせました。本書はその「パニック」を詳細に研究して1940年に出版された本です。
　まずは「例のラジオドラマ」の脚本がそのまま紹介されます。最初に「オーソン・ウェルズのマーキュリー劇場、今晩はＨ・Ｇ・ウェルズ原作「宇宙戦争」です」とナレーターが言い、それは劇中でも４回繰り返されます。つまり「聴取者を騙そうとした問題満載のドラマ」ではありません。そして最後にオーソン・ウェルズが登場して「ハロウィーンのためのドラマ」だと明言します。しかし、推計1000万人（以上）の聴取者のうち、少なくとも170万人は「ラジオドラマ」ではなくて「ラジオニュース」だと信じ、その内120万人がひどく興奮したという推計値が出ています。その興奮の結果が、突発的な避難・ヒステリックな感情の爆発・町中に触れて回る、などのパニック行動につながっています。
　聴取者や興奮した人の数字の根拠は、大規模なインタビュー・その夜増加した電話の量・放送終了後に届いた手紙の量などを根拠としています（ちなみに、ラジオ局に届いた手紙は、キー局に届いたものでは賛否が10:7くらいでしたが、「マーキュリー劇場」に届いた手紙の91％は肯定、9％が否定的な反応でした）。
　なぜこのような「パニック」が起きたのか、が問題です。著者はまず「比較的新しいメディアであるラジオ」を取り上げます。情報源としてラジオは人々の信頼を得ていて（新聞よりも信頼されていました）、重大事には音楽番組などが急に中断することは当然だと人々は受け止めていました。ただ、それでも番組を冒頭から聞いていた人は「これはラジオドラマだ」と受け止めます（それでも「これは本物のニュースだ」と思う人が１〜２割いましたが）。ところが途中から聞いた人は最初から「これはニュースだ」と思う傾向が高くなっていました。
　一時「ニュース」と信じたがすぐに「これはラジオ劇だ」と判断した人は、自分の知識（過去に『宇宙戦争』を読んでいる、軍隊経験があり“ニュース"で言うような連隊の配備はあり得ないことに気づいた、など）を使ったり、もっとシンプルに「他の局で同じ“ニュース"をやっているかどうか確認した」といった行動によってその判断の根拠を得ました。
　「本当かどうか確認しようとする」行為が「窓の外を眺める」「友達に電話する」「近所の人に相談する」といったものの人は、そこでどんな情報が得られようと「火星人の侵略」が本当のことだという確信を強めるだけでした。そして、そういった「確認」さえせずに恐怖にかられて走り回る人もいました。
　著者は「途中から番組を聴き始めたのに、“ニュース"だとは信じなかった人」の重要な要素として「批判力」に注目します。では、どのような人がその批判力をもっているのでしょうか。どうやら「受けた教育の程度」と相関がありそうです。しかし“例外"も多くあります。ではその要因は？　「被暗示性」が重要そうですが、著者は面接によって「不安定」「恐怖」「心配」「自信の欠如」「運命論（を信じる）」「（熱狂的な）信仰心」「教会への出席頻度」を拾い出します。
　本書が書かれた1940年はまだ「多変量解析」がなかったはずですから（あったとしてもコンピューターがない時代には計算が困難です）、統計的にこれらの要素の関連をきちんと科学的に述べることはできません。むしろそれは「今」するべき仕事でしょう。データはあるのですから。
　著者はさらに「歴史」に目を向けます。1929年の大恐慌以来、多くの人々は不安の中で生活していました。さらにヨーロッパでは戦雲がどんどん濃くなって、戦争への恐怖も社会の基底音として響き続いていました。偶発的なパニックがあるのなら意図的なパニックもあり得ます。そして著者は「大陸でヒトラーがやっていること」に言及をします。“見える人"には見えていたのでしょうね。