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2017年06月08日21:18

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伝えられた事

文学、音楽、舞台、映画、絵画、、どんなジャンルであろうとも、人に何かを伝える側があの世に旅立っても、文化遺産としてこの世の中に作品が残り続ける限り、残された我々は取捨選択しながらそれらのかなりの部分を味わい続ける事が出来る非常に便利な時代に生きている。人生の残された時間で自分の過去と記憶に向き合いたくなる。私の子供の頃の感覚では、人生は末長く続き、数百年感覚で構えておけば別に焦る事もなし、というアバウトで無責任な空間に支配されていた時期があった。進学、就職、結婚、子育てにあくせく過ごし、人を傷付け、人に傷つけられながら自分なりの人生を歩んで来たが、その殆どが伝えられる側に立ち続けて来たように思う。人に何かを伝えたり、この世に何かを残していくという視点が足りないまま年輪を重ねている事に気がついて愕然としたりする。大事を成さずとも慎ましくも良人でありさえすれば、と自分を慰めたりする反面、伝える側からの情報を受け止めながら、人に伝える内容が乏しい自分自身に卑下を感じながら悶々とする事が珍しくない。それでも人や歴史から教えを請いながら人生のよすがとさせて貰いたいと思ってはいる。
一昨年の9月に原節子さんが亡くなられた後、何故かそのような気持ちが特に強くなり、クラシック映画を初めとする遺産により強く目が向くようになった。今週もまた、歴史に学ばざる者また未来もなし、との思いが、六本木の国立新美術館で行われているミュシャ展に足を運ばせた。私の母親も好きだったチャスラフスカさんへの思いが私にも受け継がれたのかどうか、ここ数年の間 チェコ音楽やチェコ映画にも時折接しているのだが、この絵画展は絶対に逃す事が出来なかった。既に最近のテレビ、新聞等々で様々に紹介されているので私が伝える必要もないのだが、ミュシャ作品の数々から発せられる迫力と威厳さに近年では稀なくらいに心を揺さぶられた。生きる為に、食べる為に、才能と共に若さ故に持ち合わせたであろう野心も画家として成功に導いたミュシャも、人生の後半を民族の為に、そして祖国チェコの為に尽くそうと決心して華やかなパリ生活力に別れを告げたと言う。虐げられ続けた民族の歴史を、自分の祖先を、後世に伝える事が芸術家としての責務だと強く自覚したに違いない。植物学者を思わせるような繊細なデッサンあり、天上界と下界を表す宗教画、どの時代にもある支配と被支配、殺す側の理屈と殺される側の理不尽さ、復讐と無抵抗、道徳と不道徳、等々、これでもかと迫り来るスラブ叙事詩巨大絵画の数々に圧倒されながら展示場を一巡するのに約三時間を要した。映画でもそうだが、絵画も予習復習があって初めて理解が進み、記憶にも残るようになる。先週に読了した、先天性盲目の演歌歌手 清水博正の新刊からは、勇気を与えるべき相手が日本中にいるという確信の元に生きる喜びを与え続けんとする強い意思を感じた。また、キューバ革命を生き抜いた日本人園芸家 竹内憲治の手記をまとめた本では、日米戦争中にキューバのピノス島にある強制収用所に閉じ込められていた日本人の一人としての生活を思い起こし、逆境におかれた時には粗食や貧しさに馴れた人間の方が強くてより生き延び、これは植物にも言えるのだ、と重い言葉を残されていた。また、百合がアルカリ性の土では育たない事を発見した時の衝撃、台湾から伝わったと言われる高砂百合は日本を経てキューバに渡り、ホセ マルティと命名した。心を寄せていた友人達が次々と亡命して行った後の虚しさと寂しさはひとかたではなかったが、キューバに骨を埋めるまでの侍の人生に心を焦がされた。感動と学びを求めて今週もまた一昔前の遺作を探そうとしている。目に見える何かを遺せる事に越した事はないが、尺度は違えど善良、懸命に生きる一人の小さな人間であっても何かを遺せると思いたい。         
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