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2017年05月25日19:58

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応援か騒音か

 テレビで野球観戦をする場合は、大リーグ式の静かな方が私は好きです。投げられたり打たれたボールがミットやグラブに収まる音もきれいに聞こえる方が“臨場感”があるように感じられるので、日本式の鳴り物や歌が延々と続いているのはうるさくて好きになれません。
 ところが野球場に行くとその“騒音”が“臨場感”を高めるのですから、不思議です。選手個人のテーマとか、チャンスの時のチャンステーマとか、それぞれに合わせていると、自分もゲームに参加している気分になれます。
 「同じもの」を見ているはずなのに、気の持ちようでずいぶん「違うもの」になるんですね。

【ただいま読書中】『山岳遭難は自分ごと ──「まさか」のためのセルフレスキュー講座』北島英明 著、 山と渓谷社(ヤマケイ新書)、2017年、820円(税別)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/463551045X/ref=as_li_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=463551045X&linkCode=as2&tag=m0kada-22&linkId=a14150d47c2a0a784a4a2593aa99d0db
 登山中の事故や急病に対して、救急車もタクシーも来てくれません。ですから「そこにいる人たち」による「セルフレスキュー」が生死を分ける場合があります。怪我人に適確な応急処置をおこない、安全な場所に一次退避をさせ、第三者に救援を要請する、そこまでが一般的なセルフレスキューです。そこからはプロによるチームレスキューが始まります。
 セルフレスキューは、登山“前”から始まります。登山計画の提出です。遭難をしたときにこれがあるのとないのとでは、捜索の初動がまったく違ってきます。「遭難は他人ごと」ではなくて「自分にも起きるかもしれないこと」と想像力を働かせることから、登山は始まります。
 負傷者を搬送するやり方はいろいろありますが、一次搬送(事故現場からとりあえず待避する)と二次搬送(チームレスキューに引き継ぐために長距離を搬送する)で少しやり方が違います。どれも「知識」として持っておくだけではなくて、実際に山で予行演習をしておくと良さそうです。体で覚えておくことはいざという時に強いですし、人を担いで山道を歩くのは、トレーニングにもなりそうですから。おっと、急斜面をよじ登る練習もしておいた方が良いでしょうね。滑落の場合には現場は「道」ではなくなりますので。
 帆船の本では実に様々なロープの結び方と利用法が登場しますが、本書にも多彩なロープワークが紹介されています。使う気がある人は、実際にいろいろ結んで引っ張ってみると一般的な生活でも役に立つかもしれません。
 出血、捻挫、骨折、熱中症、低体温症など、山で起きる可能性が高い疾病はいろいろあります。それらすべてに精通することは難しいでしょうが、何人かでパーティーを組むのなら、各人の得意技を知っておくことには意味があるでしょう。「私はなにもできません」という人は最初から山には入らない方が良いかもしれません。
 著者はすごいことを言います。「山で遭難してもいい。最悪、死んでも仕方ない。だけど行方不明だけは絶対ダメだ」。強烈な言葉ですが、本書に登場する遭難のケーススタディーを読んだら、その言葉の真意はわかります。
 ところで、「セルフレスキュー」は、「山」に限定の話ではないでしょう。たとえば大災害の時には「我が身のこと」のはずです。自分が怪我をしている、あるいは自分が無事でも目の前に怪我人や死者が累々と。そして救急車は来てくれない(来るにしてもずいぶん時間がかかることが簡単に予測できる)とき、「自分に何ができるか」が突きつけられますから。そのとき「私には何もできません」で、良いです? 暇があったら、救急の講習会を受講しておくのは、世のため人のため、そして自分のためになるかもしれません。


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