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2011年06月09日01:49

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頂き物 その15

穴混んだ様の手になるアルデガン。
第15〜16話が届きました。
今日から明日にかけてアップいたします。
どうぞご覧ください。


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『塞翁』            穴混んだ

その15

 バルトが、幼女に暴行を加え恋人のみならずアルデガンの洞門番としての名誉すら失おうとした時、最初はボルドフが止めて危機を脱した。

 だが、せっかくその危機を脱出したのに、バルトは結局その後に名誉を喪失してしまった。何より、本人が怒りによって理性が吹き飛び、そのことに気づいていないことが最悪だった。一度振るわれた右腕が、再び暴言を吐いた少年に振るわれようとした。

「エルス!? それに――バルトか?」

 殴りつけた少年がやってきた方角から、新たな声が聞こえた。バルトがそちらを見ると、そこには今、殴りつけた少年が齢を重ねたかのように良く似た青年が、自分たちの方に歩み寄ってきている光景が視界に入ってきた。

「……ケレス? そうか、するとこいつはお前の弟……そういえば、良く似ている。気づかなかったのが不思議なほどだ」

 そう告げるバルトの顔からは、怒りが急速に失われていた。そして、己がしでかしてしまった不始末に、今さらながら大きく後悔し始めていた。

 片や戦士、片や魔術師と、修める戦闘技術こそ違えど同年代でアルデガンの洞門番を目指すものとして、バルトとケレスは顔見知りだった。

 特別な話ではない。互いが見知らぬ顔でいるのが難しくなってきたというほど、アルデガンの洞門番の数が少なくなってきた、という、近年のアルデガンの暗い事情がその裏には潜んでいる。

「バルト……らしくもない。そう考えると、私の弟にも何か失礼なことでもあったのではないか?」

「……いや。俺の方も大人気なかった。謝罪は俺もするべきだろう」

 それは言外に、「エルスにも失礼な点はあった」と肯定している発言でもあった。そしてそれを聞き逃すほど、ケレスの判断は鈍くない。

「エルス、バルトに何と言ったんだ?」

「……………」

「エルス!」

 人としての礼よりも、自らの幼い自尊心が大切な年頃であるエルスは、兄のその問いには答えず、殴られ朱に腫れた頬を押さえつつ、不機嫌そうに口をかみ締めていた。

 しかし、ケレスにもそんな弟の心情を汲み、柔らかく諭すような真似ができるほどの器用さはまだ持ち合わせていなかった。偉大なる先祖の名に追いつこうと、幼年の妹弟子・リアに追い抜かれてはならぬと無理している余裕のない精神が、そんな弟に詰問させてしまう。

「己の失敗を認められないのか、エルス。沈黙するということは、語れば自分の失敗を露呈することを恐れての行為としか見えないぞ」

「悪いが、謝罪の言葉を聞くことは譲れない。俺のためにではなく、失われた魂のために」

「……なんだって?」

 その言葉で、カンのいいケレスは気づくところがあった。

「エルス。まさかお前、失われた同胞に対して、何か失礼にあたる発言をしたのでは?」

「……………」

「エルス!」

「……だって、そうでしょう!?」

 それまで歯を食いしばって黙っていたエルスが、声を大にして告げた。

「こいつら戦士たちが! こいつら戦士たちがしっかりしていれば、父さんは死なずに済んだ! 戦士が前でしっかり戦わなきゃ、僕たちは魔法なんか唱えてられないのに! 魔術師が死ぬ事態になる前に、自分たちが盾になって死ねって言うんだ!」

 暴力を振るわれたことも相まって、エルスはもはや掛け値なしの憎悪を声に変えてバルトに叩きつける。声量で人を殺せるなら、そのまま粉みじんに滅ぼそうという程の、それは勢いだった。

「エルスっ!」

 ケレスの右手がエルスの左頬を叩いた、甲高い音が周辺に響く。

 理性ではない。感情ですらない。それは言うなれば反射だった。エルスの言葉を耳にした次の瞬間には、ケレスは深奥から灼熱したものがこみ上げ、弟に向かって手を振るっていた。

 様々な状況を鑑みれば、エルスだけを責めることは出来ないであろう。しかし今来たばかりのケレスにそれを察することはできなかったし、仮にもし察することができたとしても、身内の暴言を聞き逃してやれる程の精神的ゆとりは今のケレスにはなかった。

 一方、当然味方になってくれるものだと思っていた兄にまで叩かれたエルスは、呆然としていた。

「年端のいかないことは言い訳にならない。エルス……よもや、言って良いことと悪いことの区別もつかないとは」

 呆然としていたエルスは、しかしそのケレスの言葉で我に返った。そして、父を失ったこと、見知らぬ青年から暴力を振るわれたこと、そして今敬愛する兄にまで拒絶されるように叩かれたことで、幼さに起因するエルスの小さな精神許容量から理性が押し流された。

 雄叫びを上げるかのような大声で泣き出し、ケレスとバルトを唖然とさせる。

「謝罪も無く悪態をつき、挙句の果てに泣き叫ぶ……この、一族の恥さらし!」

 一向に届かぬ理想、思い通りにならぬ現実に、泣きたい思いをしているのは自分の方だという思いから、泣き叫ぶ弟に対して、ケレスは再度腕を持ち上げる。

「ケレス! ……もう、いい」

 そんなケレスの腕を掴んで止めさせたのは、意外にも事の発端となったバルトだった。ケレスが怒りの興奮が覚めやらぬ表情でバルトを見ると、紫黒髪の青年はバツが悪そうに口を切り結んでいた。

「興奮していて、そいつの年を考えなかった。大人気なかった、俺を許してくれ。そして、お前の弟を許してやってくれ」

 年端のいかないことは理由にならぬ、ケレスはそう言ったが、バルトはそこまでは思わなかった。言われたことは恋人の魂の尊厳に関わることであり、個人的に許す気にも譲る気にもなれる筈はなかったが、それでも自分から殴られ、兄からまで叩かれた上になお詰問されねばならないほど、齢6つのエルスに責任能力がある筈も無い。ケレスが激昂したことで、逆にバルトはそう考えられるだけ冷静になれた。

 今日は、何もかもがおかしい。

 ケレスの父がオークに害され。

 愛する者が、戦術の必要に迫られて落命し。

 誇り高き洞門番が、感情に流され童子に手をあげ。

 尊敬する師を詰ってしまい。

 今――ケレスは実の弟に、バルトは知り合いの弟に実際手をあげてしまった。

 それらは、ケレスとバルトだけの問題だった。しかし、アルデガンにて常に休まることのない日々に身を置く者たちが磨き上げたカンとでもいうべきものが、先のオーク戦によってもたらされた被害から、自分たちの問題という以上に、将来に何か決定的な破滅の因子が生まれてしまったような、そんな理屈によらぬ迷信的な圧迫感を感じさせてしまう。それが出口の無いストレスとなって苛立ちを呼び、歪んだ形で漏洩してしまうのだ。

 エルスの泣き声が、まるでそれらを含んだこれからの暗い未来を告げる不吉な予兆のように、アルデガンの市街に響き渡っていた――





 それよりも遡る事数百時間前、エルリア大陸南方にて。

「これで良いのだな、ガラリアン?」

 極上の生地が最高級の技術によって仕立てられたもの、と一目で知れる豪奢な衣服に身を包んだ男が、後方に控えるローブ姿の人間にそう声を掛ける。石造りの部屋の中、瓦礫の山と成り果てた部屋と同質の材料で組まれた人型の巨人のその向こうにある物を眺めつつ確認する。

 大陸南方に位置する大国、レドラス。その王である男が、流浪の末にこの国にやってきた魔術師を拾い上げ、その魔術師の進言に従い、軍を使って先祖代々禁忌の地とされてきたアールダの宝玉塔を、攻略し終えたそれは光景だった。

「しかし思いのほか、簡単に事が運んだものよ。百年前、我が国の軍をただの1体で4分の1壊滅させたと伝えられていた塔守のゴーレムが、よもやこれほど脆かったとは。口伝と見てくれに騙されておった、こけおどしも良いところよな」

「否。伝説では、アールダのゴーレムはただの一体で並み居る魔獣妖獣たちを退け、北方へと追いやった破格の戦力とされるもの。それが曲がりなりにも私たちだけでどうにかできたのは、西部諸国の宝珠が失われて久しいがゆえ」

 ガラリアンと呼ばれたローブの男が、地底より鳴り響いてくるかのような、低く皺枯れた声にて返答する。

「フム、確か、弱小勢力が巻き返しを図って宝玉の力を解放し、結果、大いなる混乱を招いたという、あれか?」

「然り」

 首肯するガラリアン。

「アルデガン城塞の中央と大陸四方に納められた5つの宝玉、それはただ単に北方はアルデガンの洞窟を封印しているだけのものにあらず。宝玉を奉納している塔の守護者の動力にもなっていたのも、その役割のひとつ」

「それがひとつ失われたことで、塔守の守護者の力が弱まったということか」

「然り」

「……しかしそうすると、新たな疑問が浮かぶな。すなわち西部諸国の、しかも宝玉の力を解放するという禁忌を犯さねば滅亡を免れ得なかったような弱小勢力が、いかようにして塔守を超えたのか、ということだが。そんな者たちに、そんな伝説のゴーレムを超えられたとも思えぬが」

「天災などにより塔が傷み、止むを得ざる理由で宝玉の位置を変えるような場合のために、ゴーレムを停止させる秘奥の言葉がある、というのが言い伝え。多分、西部諸国のその宝玉を解放した一族が、ゴーレム停止のための呪文を継承していたと思われる」

「ふむ。それで、宝玉を動かすことで何か異変が起きはせぬだろうな? 大いなる力を得る前に西部諸国の二の跌を踏むことにでもなれば、予は未来永劫、人の歴史続く限り物笑いの種になってしまうわ」

「封魔の洞窟の結界が多少弱まる。が、レドラスに直接影響する変化はない」

「予にとり、不利益で無ければ良い。それよりもガラリアン、改めて問うが、お前の言葉は真実なのだな? この布石が敷き終われば、お前が憎んでやまぬというアルデガンが、血反吐を吐いて倒れるというのは」

「二言はなし。宝玉さえあれば必ずや、アルデガンを炎の海に沈め、封魔の洞窟ごと地上から滅ぼし去る魔術を完成させてご覧にいれる」

「よろしい。言を違った時は、その命が代価となるを心せよ」

 そう言いはしても、男はガラリアンの言葉に笑った。それはガラリアンの研究が成功することに一切の疑念を混入させていない笑みであり、その表情に込められた悪意、欲望の色合いは、気の弱い者が見たらそれだけで心停止を起こしかねないほどどぎつい笑みだった。

 レドラス王ミゲル――後に、愚者の列の最たる位置に名を連ねることになる男。200年近く以前、尊師・アールダの手により一度は払拭された筈の、人間が魔物に怯えて暮らさねばならぬ暗黒時代。今より10数年後に、その再来を招いてしまった男であるために。

 しかし、当のミゲルに後世における自分の名声の正確な位置など知り得よう筈はない。自らの治めるレドラスが、自らの才幹によって輝かしい栄光の階梯を昇り続けているという夢想を、後に自分の名がエルリア大陸を統一した偉大な覇王として歴史に名を残すという妄想を、信じて疑わなかった。そしてその妄想は結局、ミゲル自身が落命するその日まで、覚めることはなかったのである。



 アルデガンの戦士たちが、この時期に何かを感じたというのなら、それはまさにこの事象。

 人の世を守るべきアールダの宝玉を、野心によって人の世から取り除き、破滅の芽を吹かせた愚劣なる者が現れたことを指しての直感に相違なかった――

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