ホテルに着いた。今夕は、珍しくホテルのレストランでの夕食である。
イタリアの場合、夕食時間は遅い。午後8時45分にレストランに集合して、そこで案内してもらい、9時からの夕食、となる。
◎最大2.5万歩、よく歩いた毎日
旅は、いよいよ明日の8日目を残すのみとなった。
今回の旅は、ハイキングが多かったため、よく歩いた。
スマホの歩数計を見ると、以下のようになっている。
・7/19(2日目)――ヴェルザスカ渓谷、ソノーニョ村=1万5031歩
・7/20(3日目)――エントレベス(モンブラン)、コーニュ(グラン・パラディーソ山)=1万6964歩
・7/21(4日目)――グリー湖、チェルヴィニア(マッターホルン)=2万0464歩
・7/22(5日目)――サンタ・マッダーレ村=1万1958歩
・7/23(6日目)――ポルドイ峠=2万5406
・7/24(7日目)――トレ・チーメ=1万8802歩
◎早朝7時15分に出発
しかしたぶん消費以上に食べ、飲んだ。何しろ朝のバイキング(最後の日の朝食を除いて朝はすべてバイキングだった)ではいつもたらふく食べたし、昼・夕食といつもビールを飲んだのだ。きっと帰宅して計量すれば、最低1キロは太っているだろう。いつものことであるが。
8日目(実質7日目)の7月25日朝、最終のツアーに出る。
今朝は7時15分の早朝出発だ。3連泊したシェラトン・ホテルを引き払い、スーツケースを小型バスに積んで出発だ。
この日は再び国境を越えて、スイスのポスキアーヴォに行く。この日も長時間の旅で、約4時間、バスに乗る。
◎ブルージオのループ橋、車窓から観る
途中、どこぞ分からない所でトイレタイムをとる。幸い、記念碑らしきものがあり(写真)、写真に撮っておいた。帰宅してパソコンで調べたら、イタリア、トナーレ峠にある第1次世界大戦の軍事記念碑であった。第1次世界大戦はイタリアは戦勝国だったので、勝利記念碑だった。
この日は渋滞に遭わず、国境を越えて、ほぼ定刻にスイスのポスキアーヴォ駅に着くのだが、間もなく駅というところで鉄道のループ橋と湖が見えた。ループ橋はベルニナ鉄道の「ブルージオのループ橋」で(下の写真の上)、湖はポスキアーヴォ湖だ(下の写真の下)。
そこを通り過ぎ、さらに駅に近付くと、単線の線路が見えた。
ベルニナ鉄道は、街中では一部、湘南の江ノ電のように道路上の市街電車となる。
◎わざわざスイス領に入ってからベルニナ鉄道で南下
実はこの鉄道は、日本の箱根登山鉄道と姉妹鉄道の関係にあり、箱根登山鉄道の建設に当たり、技術指導を受けたという。イタリア領のティラノ駅で、僕たちはその記念掲額を観た。
ポスキアーヴォ駅に着いた。この駅はスイス領内の駅で、ここから電車に乗って南下し、先ほどバスの車窓から観たポスキアーヴォ湖とブルージオのループ橋を通過していく。ブルージオのループ橋はこの鉄道最大のセールスポイントらしく、ホームに大きな看板が出ていた(写真)。
そしてそれを通り過ぎると、再び国境を越えて、イタリア領内に入り、ティラノ駅で降車する。
◎ホームではたっぷりと時間が
つまり僕たちは、ループ橋のあるこの鉄道に乗るためだけにスイス領に入り、ポスキアーヴォ駅からベルニナ鉄道に乗るわけだ。
そうやってポスキアーヴォ駅に着いた。今回は、電車までたっぷりと時間があるため、にわか撮り鉄となって電車の写真を撮った。ただし電車としては、さほど代わり映えしないものだった(写真)。
(この項、続く)
注 容量制限をオーバーしているため、読者の皆様方にまことに申し訳ありませんが、本日記に写真を掲載できません。
写真をご覧になりたい方は、お手数ですが、
https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202609020000/をクリックし、楽天ブログに飛んでいただければ、写真を見ることができます。
昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(31):トロッコ列車でポストイナ鍾乳洞の探訪、壮大な規模だがじっくり観られず」
https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509020000/
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