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2026年06月02日05:23

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リニューアルの江戸東京博物館を観覧(後)、偉容を放つ旧・服部時計店の実物大模型

 江戸東京博物館の観覧で、ごった返した特別展を抜け出し、常設展に足を向けた。

◎ひときわ目を引く実物大の服部時計店模型
 入ってひときわ目を引いたのは、明治時代の銀座を象徴する実物大の「服部時計店」模型である。エレベーターで降りた6階の常設展示室から、5階に建ち、高さは26メートルの服部時計店のビルが見渡せる(写真)。まさに威風堂々という感がある。
 リニューアル前は、服部時計店ではなかった。調べたら、明治7年(1874年)創刊の「朝野新聞社」ビルだった。その後に改築され、服部時計店になった。銀座4丁目には、服部時計店を源流とするSEIKO HOUSE GINZA(旧:和光本店)が今もある。
 5階に降りて観ても、仰ぎ見る感じだ。よくぞ復元したものだ(写真)。

◎浅草花やしきの凌雲閣の縮小模型も
 この5階には、江戸時代からの芝居小屋の実物大「中村座」も建つ。これは、記憶がある。リニューアルでは外観はそのままに、内部にも入れるようになったようだ(写真)。
 もう1つ、5階で見逃せないのは、嘉永6年(1853年)に開園した日本最古の遊園地「浅草花やしき」の模型だ。花やしき入口には、大正12年(1923年)に関東大震災で倒壊した「浅草十二階」として親しまれた「凌雲閣」の縮小模型が展示されている(写真)。実際の凌雲閣は、明治23年(1890年)に日本初の高層展望塔として落成し、高さ約60メートルの高層建築が呼び物となり、多くの見物人が訪れたという。

◎幕府遣米使節団の一員の小栗忠順の写った写真も
 2027年のNHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』は、幕末の風雲児・小栗忠順(ただまさ)が主人公だが、常設展一角に小栗の写った写真が展示されていた。
 安政7年(1860年)、日米修好通商条約批准のため米艦ポーハタン号で遣米使節団の一員として渡米した際、ワシントン海軍工廠視察の時の記念写真である。前列の椅子にかける和装姿の面々が幕府使節団で、右から2人目が目付として同行した小栗忠順だ(写真)。
 この訪米で、小栗は欧米と日本との工業力の大差を痛感し、後、横須賀製鉄所(現・横須賀造船所)の建設を構想・主導した。海軍工廠視察の際に持ち帰ったネジは、今も小栗の菩提寺である東善寺(群馬県高崎市)で大切に保管されている。
 小栗の活躍と非業の死については、昨年のブログを参照していただきたいが(25年3月31日付日記:「幕末の異能の幕臣、小栗忠順(2027年大河ドラマ主人公)、早すぎる斬首による死を悼む」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202503310000/)、彼を斬首した明治新政府の中には、開明的で指導力のあった小栗を惜しむ声が強かった。

注 容量制限をオーバーしているため、読者の皆様方にまことに申し訳ありませんが、本日記に写真を掲載できません。
 写真をご覧になりたい方は、お手数ですが、https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202606020000/をクリックし、楽天ブログに飛んでいただければ、写真を見ることができます。

昨年の今日の日記:「花を咲かせず自家受粉で種子を作り出すヤツシロラン、たった2000年の生物史しかない」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202506020000/

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