藻岩山をミニケーブルカーを乗り継いでケーブルカーで下りてくると、山麓駅前に無料シャトルバスが待っていた。このバスに乗って、市電の電停ロープウェイ入口に行く。
札幌の市電に乗るのは、もう相当の大昔に乗って以来だ。
◎北3条広場にカーネーションの花絵
ちょうどやって来た外回りの市電に乗って、西4丁目電停で降りた。昔はここが終点だったが、11年前に「すすきの」までレールが敷かれ、環状となった。暇で気分が乗ったら、環状の市電に乗って、市街を1周できる。
僕はそこから歩いて、北3条広場まで行った。同広場は、様々なイベント開催される並木通りで、西の端の先に国指定重要文化財の北海道庁旧本庁舎赤れんが庁舎が見える。以前は改修していて、赤れんが庁舎にも布がかぶせられていたが、今はそこから望める。
しかも良くしたことに一段高くされた展望台が設けられていて、その先には多色のカーネーションの花が絨毯のように敷き詰められている。むろん行列が出来ていて、それに並んで展望台から道庁の赤れんが庁舎を眺めた(写真)。花模様が素晴らしく、どれだけ時間がかかったのかと、ただただ感嘆した。
◎赤れんが庁舎は博物館に
そこから赤れんが庁舎に向かった。改装後は、博物館になっていて、誰でも成人1人300円を払えば入場できる。
中に入り、内部を歩いて観て回った。料金300円とは、高いとも言えるし、安いとも言える。高いと思えるのは、展示が貧弱で、例えば2年前に行ったすぐ近くの道知事公館と展示品質が大差なく、知事公館の方は無料開放しているからだ。安いと言えるとすれば、資料館・博物館の絶対価格がだいたい1000円を超える昨今では300円は異例に安いかもしれない。
最初に観たのは、知事執務室。机と椅子があり、その左には来客と懇談するソファが置かれている(写真=ソファは写っていない)。
その他の部屋も、ほとんど他の博物館・資料館と代わり映えしない。赤れんが庁舎のミニチュア模型にはちょっと笑った。そもそもこの現場で内部を参観しているのに、模型とは何の意味があるのだろう。
◎クラーク博士と札幌農学校生徒の別れを描いた絵
観るべきものとしては、廊下や階段の踊り場の壁に掛けられた開拓時代の絵くらいだ(写真=右は「島松での別離」。札幌農学校初代教頭のクラーク博士が帰国に際し、博士を慕う生徒たちが島松駅逓所まで見送ったという有名な逸話を描いたもの。別れに際し、生徒たちに贈った「青年よ、大志を抱け(Boys, be ambitious.)」は有名)。
ちなみに旧島松駅逓所は、札幌市街の南東、現在の道路距離で26.7キロもある。開拓初期の当時は道の整備もほとんどなされていなかったろうから、農学校生徒たちが札幌から歩いたとして8時間以上はかかったのではないか。クラーク博士と別れを惜しんだ後、彼らはその日のうちに農学校の寮まで戻れたろうか。戻れても夜中、往復50キロ以上の行程は若い彼らもヘトヘトにしたであろう。
それほど慕われた教育者は、今はもう少ない。
(この項、続く)
注 容量制限をオーバーしているため、読者の皆様方にまことに申し訳ありませんが、本日記に写真を掲載できません。
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