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2016年08月07日07:48

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標準語と共通語

 標準語というと「絶対基準」のように私は感じます。全国すべてこの言語が通用するべし、といった感じ。
 共通語だと「相対的な基準」と言えるかもしれません。とりあえず「その集団」でことばが通用すれば良い、ということで、あとは「全国共通語」「地域共通語」「特定集団の共通語」なんて分ければよさそうです。

【ただいま読書中】『ことばあそびの歴史 ──日本語の迷宮への招待』今野真二 著、 河出書房新社、2016年、1700円(税別)
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 ことばあそびの本は数多ありますが、本書は「出典を示す」「当時の世相と言葉遊びの関係を示す」ことで他の本との差別化を図ったそうです。
 ひらがなだけでも相当日本語は遊べます。和歌での「あそび」が本書にはいろいろ載せられていますが、その中で私が特に面白く感じたのは,『古今和歌集』での「31文字すべて違う文字にする」という試みです。これは後に「いろは」に発展していったようです。江戸時代にさまざまな「いろは」が作られましたが、本居宣長も作っていたとは知りませんでした。「あめふれはゐせきをこゆるみつわけてやすくもろひとおりたちうゑしむらなへそのいねよまほにさかえぬ」という歌だそうです。明治時代に新聞の「萬朝報」で「いろは」を募集していて、その一等から二十等までが載っていますが、どれも力作です。さらに、一人でいろは歌を一千首作った、なんて人も登場します。これはさすがにやり過ぎでは?
 仮名がうまれたのは十世紀初頭。それが駆使されるようになると、日本語そのものが変化を始めます。鎌倉時代に古代日本語にその変化が始まり、室町時代にはその変化が進んで近代日本語が生まれ始めました。つまり「中世」とは、日本語から見たら「変化の過渡期」とも言えます。
 記録に残る最古の廻文歌(回文の和歌)は藤原清輔(1104-1177)が編んだ『奥義抄』に収められた「むらくさにくさのなはもしそなはらはなそしもはなのさくにさくらむ(叢草に草の名はもし備はらばなぞしも花の咲くに咲くらむ)」です。回文は和歌だけではなくて、連歌や俳諧の例も多く知られています。
 なぞなぞも中世に多く登場します。当時のなぞは「謎の問題文」と「答」が並べて書いてあるので、もしかしたらカルタのように誰かが読み上げて周囲の人間がそれに答える、という形式をしていたのかもしれません。いろいろ本書には集めてありますが、私でも知っている有名なのは「はゝには二たひあひたれともちゝには一ともあはす くちひる」です。翻訳したら「母では二度合うけれど、父では一度も合わないものはなあに? 答は唇」。さて、ここから言語的な謎解きをしなくちゃいけません。現代の発音では「母」も「父」も唇は合いません。しかし中世では合っていた、ということになります。すると「母」は「haha」ではなくて「fafa」と発音していたことが推測できます。なおポルトガル人が来日した頃には「fawa」とも発音されていたようで『日葡辞典』にはその両方が収載されています。
 江戸時代には言葉遊びはどんどん洗練されます。口合(くちあい:上方での呼び方。江戸では地口)で本書に収載されたものは、そのまま読んで理解できるし笑えます。ただ、単なる「しゃれ」ではなくて、元の文が古典や古い和歌からの引用であることが多く、「昔の人の教養(古典などとの「距離」の近さ)」を感じることができます。


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