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2024年04月07日14:44

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山風銀行物語 第一部 第七話 麻賀への挑戦 その2

「四月二十五日 水曜日 朝の朝礼を行います。水曜日は早帰り日ですので、仕事にめりはりをつけて、皆さんそろって定時退社をしましょう」と朝礼当番の本郷が挨拶した。本郷は営業課の主計係で桑名支店の女子正社員では一番年長で、背が170センチメートルと高く、感じ的にはお姉さん型のしっかりした大人びた女性であった。
「本郷さん、挨拶はそれだけですか?話がありきたりすぎますよ。昨日の小早川君の朝礼の挨拶まではいかないまでも、もう少し、オリジナリティのある挨拶をお願いします」と取引課の毛利課長がやんわりと注意を促した。毛利は桑名支店の朝礼の管理者で、ありきたりの挨拶をする人にはしばしば注意をしていた。毛利は身長155センチメートルぐらいでやや背が低く、丸顔で頭は少し剥げていて、顔は優しそうに見えた。だが、毛利課長は取引課の間では鬼課長で有名であり、武田はまだ毛利課長の実態を知らなかった。
本郷はしばらく思案の末、ためらいながら「今日は仏滅です。仏滅は略歴の一つ、六曜における大凶日で、万事に凶です。しかしながら明日は大安で、万事進んで行うのに良い日です。もし何か事を起こすのであれば、今日ではなく、明日の方がいいと思います」と挨拶を付け加えた。
「本郷さん、挨拶ありがとう。なかなかオリジナリティがあって良かったよ。他の皆さんも朝礼当番になったら、何かオリジナリティのある挨拶をお願いしますよ」と改めて毛利課長は朝礼当番の役割を説明した。

いつものように、庶務の武藤が店内のシャッターを開けると、25日は多くの会社の給与支払日ということもあり、キャッシュコーナーにある2台のキャッシングマシンとも給与が振り込まれた口座から出金する人々で長蛇の列となっていた。店頭では、従業員に給与を現金で渡すため、中小企業の事務員たちが多く窓口を訪れた。そのための現金は、朝のメール便により桑名支店に事前に運ばれていた。
電話は頻繁に鳴り、武田は電話応対に追われた。ほとんどの電話が顧客からの給与入金を確認するための口座残高照会であった。電話対応しているうちにあっという間に時刻は午前10時30分を過ぎ、武田は、今井とともに桑名手形交換所へ行く準備をした。
「武田君、今日は明細書と小切手・手形の金額の確認をお願いするわね。私は枚数の確認をするから」
「今井さん。私が金額の確認するんですか?」と武田は驚いた表情で言った。
「武田君。本店の研修で電卓の練習もあったでしょ。武田君の電卓計算はすごい腕前と小西副長から聞いているわよ。武田君の腕前楽しみにしてるわ」
「今井さん。そんなに私は電卓は得意じゃないですよ」と武田は謙遜しながら言った。

今井と武田は桑名手形交換所に午前10時50分頃到着し、今井は副幹事の石沢に持ち出しの小切手・手形を手渡し、受付を済ませた。すでに東和銀行の麻賀は席についていた。武田は麻賀に頭を下げ挨拶するが、麻賀は武田の挨拶に気づかなかった。武田は内心、麻賀に無視されたのかと思っていた。
武田は副幹事の石沢から各銀行からの持ち帰りの小切手・手形を受け取ると、落ち着いて小切手・手形の額面の金額を見ながら電卓のキーボードを叩いた。武田の電卓の腕前は研修の成果もあり、キーボードを見ずにブラインドタッチできるほどであった。
伊勢長島信用金庫の小切手・手形の金額の確認を終えたあと、「武田君、電卓計算早いじゃない。驚いたわ、噂通りね。この調子でお願いね。私はそろばんは得意だけど、電卓は苦手なの」と武田を褒めた。今井は桑名支店で唯一、そろばんを使って計算していた。
武田は、その後、伊勢銀行、美濃銀行、三河銀行、尾張銀行、春日銀行、稲葉銀行よりの持ち帰りの小切手・手形の金額の確認を終え、最後は東和銀行のみとなった。
東和銀行からの持ち帰り小切手・手形の枚数は桑名手形交換所の銀行の中で一番多く、今日は小切手53枚、手形が18枚であった。
最初に枚数の少ない手形の金額から確認し、最後に小切手53枚の金額の確認を終えようとしていたとき、突然、窓がガタガタと揺れる音がし、武田の手の動きが止まった。その後、建物が大きく揺れだした。武田は、なんか船に乗っている揺れのような感じを体感し、それが地震であることが分かった。揺れはやや強く、幹事の谷垣は「皆さん、地震です。作業を一旦中断し、机の下に隠れてください。」と指示をし、みんな慌てて机の下に隠れた。武田は、机の下に隠れている間、麻賀の様子が気になり、麻賀の方に目を向けた。すると麻賀はかなり脅えながら机の下に隠れていた。武田は麻賀の怖がっている姿を見て、ファイトのポーズをして麻賀を励ました。しばらくすると揺れはおさまった。約1分ぐらいの揺れであったが、特に被害はなかった。谷垣は建物内の被害がないことを確認し、作業再開の指示を出した。
武田は気を取り直して、確認作業に戻ると、東和銀行の小切手の計算をどこまでやったか分からくなってしまい、せっかく苦労して数分かけてした計算がパーになり、少し気落ちした。だが、初日に麻賀が武田を励ました『どんまい、どんまい』という言葉を思い出し、気を取り直して、最初から小切手を冷静になってて計算し、一番手ごわい東和銀行の小切手の明細書と現物の金額が合致していることを確認することができた。
「今井さん。各銀行よりの持ち帰りの小切手・手形の明細の金額と現物の金額の合致の確認、すべて完了しました」
「お疲れ様。私の方も枚数は合致したわ。それじゃあ、手形交換明細書に各銀行別に持ち出しと持ち帰りの枚数・金額を記入し、持ち出しと持ち帰りの差額を計算し記入の上、各銀行ごとの担当者に確認印もらってきて」と今井は武田に指示をした。
武田は手形交換明細書の記入が終わると、東和銀行の麻賀のところに行き、「確認お願いします。先ほどの地震驚きましたね。大丈夫でしたか?」と言った。
「武田さん、先ほどのファイトのポーズありがとう。おかげで地震の恐怖から救われたわ。私は地震はとても苦手なの。ちょっとの揺れでもすぐに怖くなるの。大きな地震でなくてよかったですね」とニコニコしながら確認印を押してくれた。
山風銀行の席に戻った武田はなぜか小さな封筒を手に持っていた。実は、麻賀に直接、ラブレターを今日、渡すつもりであったが、朝の本郷の朝礼の仏滅の話が脳裏をよぎり、急遽、明日の大安の日に期待をかけ、挑戦することとしたのであった。

武田は小西副長に帰店の挨拶をした。「桑名手形交換所よりただいま戻りました。先ほど、地震がありましたが、支店のほうは大丈夫ですか?」
「武田君、よく揺れたねえ。支店の方は何の被害はなかったよ。ニュースによれば桑名は震度3で、震源は愛知県幸田町で震度5とのことだったよ。大きな地震でなくてほっとしているよ。久しぶりに揺れたので支店のみんなは大騒ぎだったよ」
武田はその知らせを聞いて、幸田のすぐ近くの岡崎に住む親戚、成瀬一家の安否が気になった。岡崎の成瀬一家へは子供の頃、毎年夏に祖母の花子に連れられて泊りに行ったところで、最後に行ったのは武田が中学校2年生の時だった。

お昼休みの時、地震があったせいか、テレビは民放ではなく、JBOのお昼のニュースが流れており、東和銀行幸田支店の窓ガラスが割れ、重傷者が一名出たニュースが放送されていた。
「幸田の近くの岡崎もかなり被害があったのですか?」と武田聞くと、融資課長の吉川は「幸田はひどかったみたいだけど、岡崎市内はブロック塀、ビルの窓ガラスなどが割れた被害はあったようだな。特に東和銀行幸田支店で窓ガラスが割れ、ガラスの破片が女子行員の胸に刺さり、出血多量で重傷だとのことだ」と言った。

そのころ東和銀行桑名支店の麻賀は東和銀行幸田支店で重傷者がでたというニュースを昼休み中、見ていた。なんと、その重傷者は麻賀の同期入社の女子行員であった。麻賀は武田により励ましてもらったファイトのポーズを思い出し、幸田支店にいる同期の回復を願いファイトのポーズをしていた。その麻賀のファイトのポーズの効果もあったのか、幸田
支店の女子行員は一命をとりとめたのであった。

つづく
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