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2020年08月13日21:07

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「トートロジー考」内島すみれ漫画評論集

読書日記
「トートロジー考」内島すみれ漫画評論集
内島すみれ 著
(北冬書房)

つげ義春・つげ忠男・菅野修・うらたじゅん等、「ガロ」「夜行」の作家を論じた本格的な漫画評論集。おそらく漫画評論史に残る記念碑的一冊。

ここで取り上げられた作家・作品のほとんどを知っており、また記憶しているので楽しく読むことができた。
巻頭「つげ義春論」の中の「夜が掴む」で主人公の男性を掴みに来る夜が、じつはこの男性自身ではないかとの指摘に気づかされるものがあった。なるほど幻想や妄想は明らかに脳の作用であるならば、それは必ず自身由来のものであって、これこそが螺旋でありトートロジーではあるまいか。人生は常に螺旋的なものではないだろうか。

北川由紀子は4作しか発表しなかったが自分の好きな作家で、こうやって解読されてみると、語られていること自体はわかりやすくある種典型的な言葉で語られているが、その生と死のテーマを読むよりも作品からにじみ出る風合い・固有の時間が魅力的で、漫画の楽しさはそこにある。評論されてみると案外多くの作品がありがちなセリフやテーマを使っている印象があるが、作品解読の第一歩はそうなるものかもしれない。
男性性・女性性とそのシンボルに注目した読み解きは著者の一貫した姿勢で、多くの作家にその印を発見することができる。ここにも案外典型的で類型的な縛りがあるが、漫画家といえどもこれは逃れられない自動的な作用である。

安部慎一は完成された私漫画の周辺に、まさに安部慎一的なものを描き散らした作家であるから、作品を越えて自分がある。平面的な作画によるリアリティのなさはそんなところから来ているのかもしれない。しかしそれが効果的で、もし劇画的な立体感があれば筑豊漫画などつまらないものになっただろう。

菅野修は作品数が多いので追っていくのもたいへんだが、ストーリーを組むこととは別に無意識にあることが自然に出てくる稀有な作家なので、著者の手によって補足されるとそこが明らかになって面白い。特に「筋子」はあの混沌が順に解かれていって、あらてめてゾッとする内容である。
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