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2019年08月18日20:30

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区切り

「政治的な話題に言及しはじめた人間が、ほぼ必ず偏狭になることに、私はかなり強い忌避感を持っていて、だから、時に、政治という話題そのものを無効化したくなる気持ちを抑えがたくなる。」
(小田嶋隆「場末の文体論」)

ここしばらく政治絡みの話題で気になることが続いていてモヤモヤしていたが、ここいらで一旦の結論を出したい。これもやはり、「信仰」と「宗教」の話である。

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政治的な話における対立は宗教戦争である。お互いに自分が正しいと思い、相手に改宗を求める。その正しさの根拠はファクトのようでファクトではない。強いて言うなら、自分の宗派にとって望ましいファクトもどきである。お互いに相手が間違っている(又は勉強不足)であると思い込んでいる。だから議論はいつまでも深まらないし永遠に解決もしない。

これはもちろん自分側にもそのまま当てはまるのであり、自分が正しいと思っているものも「信仰」に過ぎない、ということは強く意識しておかなければならない。間違っても「布教」紛いの行為はしてはならない。

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もうひとつ。我々の住んでいる世界には、話が通じない、暴力的な側面が確実にある、ということだ。これまで意識することはなかったが、すぐ身近にその力が及んでくる危険性も大いにあることはわかった。それに対する自分のスタンスは決まっている。徹底的に「逃げる」だ。

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区切りとして、twitterを止めようと思う。

twitterで情報が流れてくることで色々と知ることができたし考えるきっかけにもなった。でも、これらは自分がフォローした相手からの情報である以上偏っており、一方の情報ばかりを受け取ることはあまり望ましくないと感じるからだ。

正直にいうとそれ以上に、精神衛生上よくない。twitterで飛び交う攻撃的な言葉が、自分の心を徐々にささくれ立たせていくのがわかる。twitterに限らないけども。少なくとも今は、情報を得るメリットよりもそのデメリットの方が大きい。だからもう止めよう、と決めた。

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伸ばした両手とその手で抱きかかえられる愛すべき人々。半径1メートルの幸福を守ることだけに専念する。そういう生き方をしたい。このばらばらの世界で。


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