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2017年04月26日20:04

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『白星の魔女』第20話 〜アルデガン外伝8〜

第三の野営:風渡る岐路にて その一


「では、この村が化け物に襲われることはないのですな」
 安堵の表情もあらわな村長に、白衣の神官は頷き続けた。
「飛竜が棲む岩山は山を二つ越えた草原にあり、周囲には羚羊が群をなしております。その数は前回から減ってはおらず、飛竜が縄張りから出てくることはありますまい。草原を潤す泉の恵みが盆地の中に限られておるため羚羊が荒野に逃れ出ることもなく、縄張りが広がることを防いでおります。飛竜は昼しか活動せず、この村は狩りの範囲からはうんと遠い。もちろん人の側が羚羊を狙って出向いたりすれば、無事ではすまぬでしょうが」
「心得ました。間違いを犯さぬよう村の者どもにも申しておきます。では約束の品を」
 干し肉の包みを受け取るグロスを、アラードは感慨を覚えつつ見つめていた。
 一目でわかる違いではなかった。東の地を目指す途上でここに立ち寄った前回と。当たりの柔らかい物腰で接し、決して相手を威圧しないどこまでも穏やかな接し方は、八年前に旅に出て以来ずっと見慣れてきたもののはずだった。
 けれど赤毛の若者は、同じはずの師の姿に感じたのだ。前にはなかった自信めいたものに裏打ちされた落ち着きを。それあればこそ村長も師の話に安堵をかくも露わにできるのは、若き剣士の鳶色の目には自明のこととさえ視えていた。

 あの旅のおかげだった。解呪の技をアルバに学ばせるため僧院アーレスにアラードを残し、ボルドフは半ば強引にグロスを伴い砂漠への旅に出たのだ。火の山の崩壊で恵みの河を絶たれたイルの村の民を、無人と化した街と村へ移住させるべく。だがグロスにとって、それはまさに試練だった。その目と髪の色が二百年も前に村を襲った吸血鬼と同じだというので小屋に火を放ち夜襲をかけてきた村人たち。しかも恐怖に憑かれた彼らの所業はグロス一人にとどまるものではなく、同じ金色の髪と緑の目をした水源の民を全滅させ、その後も同じ徴を持つ来訪者にことごとく同じ仕打ちをしていたのだから。確証こそないものの、それは赤子のグロスと彼を狼から庇って死んだ幼い姉が荒野に迷わねばならなかった事情を窺わせずにおかぬものだった。それが確証なき疑念であるがゆえにグロスの心はいっそう乱され、元から抱えていた仲間を見捨たとの古き罪悪感とあいまって師の魂を苛んでいた。そんな同輩を救わんとボルドフはあえて荒療治に出たのだ。
 グロスはもちろん、アラードもあのときは驚き、無茶だとさえ思った。グロスの懊悩を目にしていなければボルドフに正面から異を唱えさえしただろう。だがこの旅路で聴いた話から、今ではボルドフの判断の拠り所を理解することもできた。若き日のボルドフもまた、確証なき疑念に、自分が軍から連れ出せなかったばかりに同胞を死なせたのではとの思いに苦しんだ過去があったのだ。アラードはいまや確信していた。それがいかに耐え難いか、どれほど無惨に心を蝕むかを身を持って知ればこその決断だったのだと。

 だから落ち着きを取り戻したグロスと戻ってきたとき、ボルドフは本当に嬉しそうだった。だがそんなボルドフも、グロスが危機を克服するきっかけになった事件を目にすることはできなかったといっていた。詳しい話もまだ聞いていないそうだった。話す気に本人がなるまで自分からは尋ねないつもりだとも。
 そのためアラードもボルドフに倣い今日に至っていた。けれど旅路はちょうど分かれ道に、黒髪の民が移住した砂漠へ続く道と未踏の西へと向かう道との岐路に差し掛かりつつあるところだ。しかも今夜の夜番の相手はグロスなのだ。胸に抱いた期待めいたものに手綱さばきを駆られ、村を出た若き剣士は背後から蒼穹を渡る太陽と競いつつ馬を進めた。二人の師からそんなに急ぐなと何度となく呼び止められながら。


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