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2023年11月24日00:03

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本棚599『親密な手紙』大江健三郎(岩波新書)

 「その道筋を振り返ると、私は入り込んでしまう窮境を自分に乗り超えさせてくれる「親密な手紙」を、確かに書物にこそ見出して来たのだった。」

 今年逝去された大江健三郎の最晩年の随筆集。著者の作品は、脳に障がいを持つ息子を想い起こさせるものが多く、この随筆でも息子との想い出がしばしば現れるが、人生の困難にあって、常に支えとなったのが書物だった。

 「晩年の仕事(レイト・ワーク)」である本書では、歳を重ね、著者の生涯の柱となってきたものが、結晶のごとく純化していくようであった。その最たるものは、何度も繰り返し語られる恩師渡辺一夫との出会いだろう。渡辺の講義を受けたいと願い、森深い四国の町から東京へ出て来た青春時代の記憶が鮮明に描かれる。卒業後、大江が大切に持っていた渡辺の『フランスルネサンス断章』の本に署名をしてもらう話が心に残っている。

「戦乱の時代に、ここへ閉じこもれば安心という都市設計を考えつこうとしたパリッシーが《私は殆ど希望を失ひ、毎日毎日うつむいてゐたが······》といっている自伝的な文章の一行を書いてもらったが、先生はいつものカラカイをふくんだ生真面目さの表情で、それよりこういう行もありませんでしたか、と反論された。《しかし、まだ何かの希望は残ってゐた。》」

 人生の最期の時が近づいても、希望を希求し続ける姿は、渡辺一夫先生譲りのヒューマニズムは、きっと次代へと伝えられてゆくだろう。

 大江にとって、希望の源となったのは書物であったが、人はそれぞれに自身の人生の支えとなるものを大切に胸の奥に抱きながら、闇の中、心に明かりを灯しながら生きていく。
 大江の義兄に当たる伊丹十三にとって、希望となるものは「映画」であり、映画監督の父伊丹万作の「人間を慰めることこそは映画の果し得る最も光栄ある役割であらねばならぬ。」という言葉を大切にしていたという。
 希望という点で、大江と同じく今年亡くなられた歌手のKANさんの曲をふと思い出した。希望を持って信じることの尊さを、愚直なまでに率直に、伸びやかに歌い上げた曲はいつまでも聴く者を励まし続ける。

「夜空に流星をみつけるたびに 願いをたくしぼくらはやってきた どんなに困難でくじけそうでも 信じることさ 必ず最後に愛は勝つ」
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