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2023年10月29日20:39

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本棚593『江戸切絵図散歩』池波正太郎(新潮文庫)

 江戸も終わりに近づいた頃に作られた江戸切絵図。武家の屋敷や神社・寺院などが精緻に書き込まれた江戸の地図だ。「井伊掃部頭」や「紀伊殿」といった文字だけのシンプルな地図であるけれど、いやだからこそ、当時の人びとが地図をもとに江戸の街をぶらりと歩いていた姿が想像できる。

 本書では切絵図に描かれた江戸末期、池波の体験した江戸の残り香がある少年時代、現在の東京の、3つの時代が3重に折り重なっているようである。著者の子供の頃はまだ江戸の雰囲気が街の随所に感じられたことが分かる。

「それと、大小の河川、堀割が多く、少し歩けば日本橋川、楓川、京橋川などの河岸道へ出られて、夏などは、河岸道を歩いていると、吹きわたる涼風に、たちまち汗が引いた。」

 その後、戦災や高度成長を経て、東京の街は大きく変貌した。本書でも、日本橋の上に架けられた高速道路や、川や海を埋め立てる都市開発への著者の嘆きが伝わってくる。
 しかし、今、皇居の近くに住んでいるからか、江戸の佇まい、情趣は意外と残っているように思える。春の大雪に覆われた千鳥ヶ淵の桜並木、風や光の加減により毎日違う表情を見せてくれる桜田濠の水面などは江戸の頃から変わらぬと思うし、そぼ降る雨の中の人気の少ない清水門の辺りなどは、石垣の向こうから登城する侍がふと現れやしないかという気持ちになる。北の丸公園を走っていると、武蔵野の原野のような林が残り、更に顔を上げれば、江戸の頃と寸分違わず望月が煌煌と白銀に輝いている。
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