9月からコンサートをやたらと入れていた。4つ終了で、次が11月のプッチーニのトスカ。
小林愛実のリサイタルも取った。
コロナ前に、ウィーンフィルとベルリンフィルを1週間で聴いたり、オペラデビュー、コパチンスカヤとクルレンツィスのチャイコンに驚愕したり、熱中しだしたところで、コロナで、ラトルの復活とクルレンツィスの第九がなくなる。また、目の病気で手術入院を繰り返し。
有り難みを噛みしめつつ、すっかりコンサート人になった。
いまは、目の状況はよくはないが、それなりに健常な左目とコンタクトで、集中すれば以前と変わらない。
耳は、特に右耳が詰まったり、僅かに耳鳴りがあったりコンプレックスだったが、京都人さんとのアレルギー治療、漢方薬などで、耳の穴の荒れが治まったり、フォステクスの暴力的な高音のフルレンジをやめたりもあって?、耳鳴りはほぼない。ヘッドホンもやめている。
病気になれば失うのは一瞬だから、その前に心の財産をつくっておこうという心境はある。
まず9月はプレトニョフのショパンリサイタル。
これは、個人的に思い入れがあった。
25年近く前に、バルセロナのカタルーニャ音楽堂、当時はネットもなくフラッと行けたコンサートで、席は遠い。
知らない曲ばかりだが、なぜかこのコンサートに呪縛されてしまった。ステージと音の鎖で繋がれたというか、瞑想的な魔術にかかったようだった。
あれは、旅先の歴史的建築のムードのせいか、自分史の謎だった。
プレトニョフの同時期のカーネギーホールデビューがライブCDになっているから、これの特にバッハ作曲ブラームス編曲のシャコンヌなんかが、瞑想的な気分に貢献したろうとは思う。
その後のプレトニョフは、ジャニー氏やレヴァインと同様の疑惑があり、さらにピアニスト引退したり、さんざんにみえる。
ドイツグラモフォンの録音が途絶えたのも、両方の理由だろうが、日本では指揮活動が多いようで消えた人には見えない。N響でみないのは、疑惑が関係するか。
ショパンは、2021年ショパン国際ピアノコンクールをきっかけに理解できたので、いまプレトニョフで聴くということが興味しんしん。
で、ポロネーズの一音めから弱く遅いテンポでビックリ。
これでこの日の演奏の方向性がわかった。
これは、ノクターンにはよくて、なんとも言えない味をみせるが、英雄ポロネーズは、録音してショパンコンクールの書類審査に出したら落ちるのではないだろうか。
いま66歳、私を魔術にかけた悪魔も、いかにも老いた。もしくは、パワーが落ちた。
自身が歳とった実感も含めショックを受けた。
引退したのは、スポーツ的な超絶技巧が年齢的に厳しくなった50歳手前ぐらい。完全主義的な判断かもしれない。
その後、河合のピアノとの出会いで再開したとのこと、スタイルを変えて表現できるならもう一度やろうと思ったのではないか。
円熟した30代後半以降の投手のように、スピードガンは見ない。繊細さで何ができるか。これは、とても共感できる判断に思える。
一曲ごとの拍手を拒否する雰囲気を出すこともあり、ただただ静かなホールに、雄弁な低音の支えの蠢きは相変わらずで、ゆっくり弱い音だから、内省的で瞑想的になる。
アンコールの、つばめというロシアの静かな曲含め、死を前に穏やかな気持ちで少ない情報を愛でるような、不思議な境地。
パワー弱いなりに、魔術は生きていたというのが感想であった。
兵庫の大ホールは、安価とはいえ盛況で、小さいいずみホールで庄司紗矢香でも空席出てるのとは違う。
これだけ地味なコンサートでこの人気は不思議だが、来年同条件であると言われたら、個人的にはどうしてもではないけどまた行ってみたくはなる。
大病したブーニンも、徳岡直樹がぼろくそ言ってた最近のポゴレリチも、価格高いが、一般にはショパンコンクール5位以内ぐらいの若手の方が聴きごたえあるのではないだろうか。
ピアノは肉体労働というのも感じたコンサートであった。
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