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2023年09月18日11:08

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本棚582『猫を棄てる 父親について語るとき』村上春樹(文藝春秋)

 村上春樹はこれまで多くのエッセイを著してきたが、自身の父親について語るのは珍しい。ある頃から父親と距離を取っていた旨が書かれるが、終盤、二十年以上全く顔を合わせず、父が亡くなる少し前になって再会したことが述べられ、その空白の期間の膨大さに驚いた。
 しかし、表題にもなっている共通の思い出ーある夏の日に父子で海辺に猫を棄てに行き、二人が家に戻ってくると先に猫が帰り着いていて、結局そのまま飼い続けたー、共に過ごした時間は、確かに著者の中に存在し続け、数十年もの空白を埋めるだけの力を持っていたのだろう。

 また、父親の数度にわたる徴兵など、著者が父の歩んだ道をつぶさに追っていく姿が印象的だった。父が戦死を免れたのは紙一重であり、もしかすると自身はこの世に生まれていなかったかもしれないという思い、自身が透明になっていくような著者の思いは、程度の差こそあれ、多くの人にも共通するのではないか。人生の無限の選択、無数のたらればの中、今ここにあることは偶然の賜物、一つの奇跡だと言える。

 村上春樹と同年の生まれの北村薫も、『いとま申して』シリーズで父親の評伝風小説を書いているが、人は時を重ねると、自身がどこに行くのかということとともに、自身がどこから来たのかを無性に確かめたくなるものなのかもしれない。
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