コパチンスカヤのコンサートを二つ取っていた。
大阪フィルと共演と、リサイタルと。
そもそもは、コロナ禍前に、フェスティバルホール、クルレンツィスの初来日目当てで行ったコンサート。
これのチャイコンで、ロックスターのようないでたちのクルレンツィスに合わせるように、派手なドレスと赤い靴で現れた女性ヴァイオリニスト。
演奏前に靴を脱ぎ捨て、ときどきひらりひらりと、牛若丸のように跳びながら、チャイコフスキーには聴こえない厳しい音で時間を支配してしまう、未知の演奏家に度肝を抜かれた。
ときどき、ロックギタリストのように、オーケストラや指揮者の側を向いて煽りまくる。これもめちゃくちゃかっこいい。
アンコールの藤倉大のソロでは、ホールの時間が止まったかと思えた。
堀内修が、なんの予備知識無しにカルロス・クライバーの薔薇の騎士実演を聴くなんて、という体験をエッセイで書いていたけど、まさにそういう体験であった。
マイミクさんのつぶやきで来日を知り、慌ててその数時間以内で調べまくって、なんとかゲット。
最良の席ではないはずだが、できるだけ近くで。
まずフェスティバルホールだが、詳しく分からないが、貴族のようなエメラルドグリーンのドレス。
ナチス時代のドイツの作曲家の協奏曲で、当然悲劇的。予習していなかったが、新鮮でよい曲だった。
ただ、ビックリ箱と知りながら開けた感じもあって、こんなものかなと。
で、そこまでの期待なくリサイタルに行った。
これが、400人規模のホールで、ステージ真横で、上から見下ろすのかと思って行ったら座席番号が違う。
ステージの同一平面真横だった。
コパチンスカヤは5m先。
曲は、シェーンベルクとウェーベルンに、ベートーヴェンの7番と9番の組み合わせ。
シェーンベルクとウェーベルンは、コパチンスカヤ以上の演奏家がいるのだろうか?
濃密な気配と狂気、とにかく既成の感覚を超えでてしまうことが持ち味なのだから。
シーレやクリムトが、いまそのステージで、新しい絵の具で描いている気がした。
ベートーヴェンは期待していなかったのだけど、、
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