過去は実在しない？

　何年か前に、カルチャーセンターで永井均さんの講義を受けたときに、私が「過去そのものというのは無い」と言ったところ、永井さんは「みんな過去はあるって言っているじゃないですか、『有る』という言葉はそういう風に使われているんですよ。過去はあるに決まっています。」と言って、私の意見は一蹴されてしまった。私はプロの哲学者ではないのでとても議論では太刀打ちできず、「なんか言語哲学者つて議論しづらくて嫌だな」と思いながら引き下がった。
　今では、「過去は実在しない。」と言えばよかったのかなと思っている。どう考えてみても、過去そのものというものはどこにも実在しない。我々は記憶や記録を過去と呼んでいるのである。もし過去が実在するのならば、ラッセルの５分前世界創造説も簡単に反論できるはずだ。
　私は昨日、ビッグバンに関する本を読んだ。昨日本を読んだという事実は私の記憶である。ビッグバンは本に書かれている記録である。５分前創造説は、私の記憶もビッグバンについて記述している本も５分前に出来たものである、と主張する。記憶と記録以外に過去を証明するものはないから反論できないのである。

　５分前創造説を支持しているわけではない。それが正しかろうと正しくなかろうと、我々の直面する現実あるいは実存には全然かかわりのない仮説にどのような意義があるだろうか？ 我々にはこの「５分前につくられる」ということ(言葉)の意味を分かりようがないのだから。