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2019年06月29日04:59

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小坂国継先生

先生の講義は5,6年前にも受けたことがあるが、今年の春から月に一回の割で再び受け始めた。小坂先生は西田哲学の研究者なので、以前から抱いている「純粋経験に対する異議」に関してレポートとしてまとめたものを先月提出しておいた。参考資料として「仏教的世界観」と題して拙ブログの抜粋を添付しておいた。
それで、先日その感想を聴かせていただいたのだが、「仏教に関する論考、面白かったです。よく勉強しておられますね。」という言葉を頂いた。しかし、本題の方ではどうも話がかみ合わなかった。先生は「純粋経験にもいろいろなレベルが有る」と仰る。それだと、純粋経験とは宗教的な境涯を表す言葉であるということになる。「善の研究」は普遍的哲学ではなく、宗教かまたは心理学になってしまうのではないかということを申し上げたのだが、その辺の懸隔が大きすぎて実のある議論にはならなかった。
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