mixiユーザー(id:235184)

2018年11月16日08:19

146 view

売り物

 テレビや週刊誌で盛んに芸能人のスキャンダル報道などがされていますが、芸人が売っているのは「芸」であって「人」ではない、と私は思います。

【ただいま読書中】『室町無頼』垣根涼介 著、 新潮社、2016年、1700円(税別)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4104750069/ref=as_li_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4104750069&linkCode=as2&tag=m0kada-22&linkId=1a9f1a5612eff957a09fd341a19a65da
 将軍足利義政には実権はなく、戦乱と飢饉で食い詰めた人々が都に集まり、治安は悪化していました。そんな中、自己流の棒術を身につけた少年才蔵は、ひょんなことで都の目付も兼ねる悪党骨皮道賢に拾われます。室町幕府を開いた足利尊氏は気前が良すぎる棟梁で、ほとんどの領地を北朝方の武将に分けてしまい、幕府の領地は山城周辺のみ。将軍家は銭を稼ぐことで生業を立てようと日本中に銭を行き渡らせるため「銭が銭を生む」政策を採りますが、その結果は、栄える高利貸しと高利貸しを手下としている大きな寺など、そして飢饉に苦しめられ高利貸しに搾り取られて没落していく多くの者からなる“格差社会"でした。
 その「時代」を変えようとひそかに動いていたのが、道賢ともう一人、道賢と同等あるいはそれ以上の悪党蓮田兵衛でした。二人ともただの「悪党」ではなくて「理想」というか、何か純なるものを魂の中に凜と持ち続けている男たちです。それを見抜き惹かれたのが、都で高名な遊び女芳王子。彼女は二人の男にそれぞれ異なる「甘み」を感じたのです。
 才蔵は、過酷な棒術修行に放り込まれます。下手すれば、というか、並みの人間なら命が危ない修業を、満身創痍になりながら才蔵は生き抜きます。いや、一度彼は死んで、蘇ったのかもしれません。
 室町社会は崩壊しつつありました。村々は自衛のために「惣」を作って武装化しています。身分制度は崩れ、下克上の動きが始まっていました。そういった変動に、兵衛は“チャンス"を掴もうとしています。才蔵は道賢から兵衛に押しつけられたのですが、棒術の腕を上げた才蔵は兵衛にとってとても使い勝手の良い“武器"となっていました。
 ついに都に「一揆」の旗が翻ります。それと同時に、芳王子をめぐって、道賢と兵衛さらに才蔵の三角関係というか三角錐関係というか、も展開されます。
 「室町幕府の領地は非常に少なかった」ので「幕府は貨幣経済を進めるしかなかった」ことに著者が気づいたことが本書の始まりではないか、と私は想像しています。だから本書は、室町時代の冒険小説であると同時に、室町時代を経済学的に描こうとした娯楽小説、とも言えます。芳王子と才蔵の成長過程がよく似ている、というか、似すぎている点が都合良すぎてちょっと気になりますが、「時代の潮目が変わる瞬間」をこんなに魅力的に描かれると、一気に読むしかありません。


0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2018年11月>
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930