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2018年11月07日08:50

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新聞歌壇より（９５）

球形の空気をつくり縄跳びの少女は夏に卵黄となる　　　岩間啓二

…日経２０１８．９．１。一読、「少女死するまで炎天の繩跳びのみづからの圓驅けぬけられぬ」（塚本邦雄）を想起させる歌だ。塚本さん、それはあんまりな言いようでしょう、縄跳びの少女が作ったのは円ではなくて球形の空気、そして彼女は滋養に満ちた夏の卵黄になったのですよ、というメッセージが隠された作品で、そのメッセージからおのずと岩間さんの塚本へのリスペクトも伝わってくる。

盆終わり「白い天井見て寝る」と百二歳の義母ホームに帰る　　　川崎康弘

…朝日２０１８．９．１６。「白い天井見て寝る」という台詞に泣かされる歌である。一日の時間の大半を横になって天井を見ている義母のお方なのだろう。お盆なので久々に帰ってきたわが家の天井は、なつかしい木の天井で、見慣れた木目などもそのままにあった。が、さてまたあの白い天井の部屋へ帰るのだ。と思いつつも、百二歳にしてこのようにわが家と施設の間を行き来できるとは（車椅子で自動車、なのだろうが）、そしてこんなふうに自分の言葉を語れるとは、どうぞいつまでもお元気で、とも言いたくなるのであった。

パワハラだ！セクハラ！モラハラ！スメハラと言ったところで刑務所の中　　　吉島覚

…朝日２０１８．９．２３。朝日歌壇は４選者の共選制で、この歌は馬場あき子さんが１０首目、高野公彦さんが３首目に採っている。「スメハラ」には「！」が付いていなくて、ああ、ここでふと考え込んでしまったんだな、と思わせる作りになっている。高野さんは「服役中だから我慢しなくては、と内心苦笑しているのだろう。ユーモアの漂う歌」とコメントしていて、僕も最初はそう読んだのだが、いや、待てよ、とも思った。相手が受刑者だからといってハラスメントが許されてよいのか、刑務官の人権感覚を問う、というようなことが近い将来言われるようになるかも知れない。あるいはすでに言われているかも知れない。吉島さんも次の投稿では、刑務所の中だがハラスメントとは闘うぞ、という歌を寄せるかも知れない。時代を写す作品だ。

江戸時代犬は「びょうびょう」鳴いていた『赤光』が最後の名残りなり　　　松木秀

…日経２０１８．９．２９。４句～５句は「『赤光』が最／後の名残りなり」の句跨りだろう。「最後の」を強調する韻律で、こういうのを気持ち悪いなどと言ってはいけない（と、「短歌人」２０１８年１１月号の桑原憂太郎さんの論説に対して言うております＾ー＾：）。一首の内容は“勉強になります”というジャンルの作品で、「さ夜ふけと夜の更けにける暗黒にびようびようと犬は鳴くにあらずや」という歌が『赤光』にあるのだそうだ。ほぉ～と思い、好奇心に駆られてネット上で調べてみたら、『赤光』（１９１３年）の４年後に発表された芥川龍之介の「偸盗」という作品（１９１７年）にも「びょうびょう」が出てくるので、もしこの一首が論文だとしたら資料批判が足りぬと言われるかも知れないが、歌についてそんなことを言うのは野暮というものだろう。

ホトトギス啼くそら青し女ひとりかへらぬ山はふかく静まる　　　内藤四郎

…読売２０１８．１０．８。一首の読みどころはもちろん「女ひとりかへらぬ」である。最も素朴に読めば、山で遭難して帰らぬひととなった女性かとも思われるが、「ふかく静まる」からにはもう少し深い因縁が詠み込まれているのだろう。いとしいあの女は帰らぬひととなってしまった。死に別れではなく生き別れだろう。彼女はあの山に彷徨い込んでゆくえしれずになってしまったのだ…と思う。ホトトギスは啼き空は青いのに、山はふかく静まっていてわが心も鬱々と沈んでいる。女性の読者なら「女」を「男」に置き換えて読むかも知れない。おおよそ誰もが経験したことがあるであろう心境を、味わい深く詠み収めた作品だ。

一頁一行だけの本読めば「それはなんだ」と隣から声　　　須田覚

…日経２０１８．１０．１３。作者の居住地も含めて読むべき作品だ。前々回の「新聞歌壇より」（＊）で引いた須田さんの一首が、作者居住地が「つくば」から「インド」に変わった最初の作品だった（と思う）。「一頁一行だけの本」は、おそらく歌集か句集だろう。「それはなんだ」の声の主はインドの隣人。英語かヒンズー語かあるいはその他の言葉かも知れないが、それを翻訳すれば「それはなんだ」なのだろう。たしかにこんな体裁の本はグローバルに見ても珍しいのかも知れない。思わぬ角度からこの国の韻文定型詩の表現形態に光を当てた一首である。
（＊）https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1967164252&owner_id=20556102

引っ越しの挨拶まわりをしてた頃妻は後ろで下を向いてた　　　四方護

…読売２０１８．１０．２２。もちろんこの歌には続きがあって、「ところがどうだ、今、わが妻ときたら……」というのであろう。ほんとうはそれを言いたいところを一切伏せて、あの頃は…とだけ言ったところにユーモアが漂う。「引っ越しの挨拶まわり」は新婚の頃なのだろう。が、ともかくも長く連れ添われてこられたのだろうから、めでたいと言えばめでたい一首とも言うべきだろう。

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