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2018年10月30日20:17

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「短歌人」の誌面より(125)

2018年10月号より。

帰路耳の穴のごとくにつづく見ゆ眠りのなかに得たる俯瞰に   内山晶太

…「乾電池」15首の2首目。「眠りのなかに…」だから夢の記録としての歌だ。夢の記録なら何でも言えるだろうと言えばそうなのだが、ユニークな夢なので、つい、つりこまれてしまう。これから何処かへ帰る、その帰路は耳の穴の径のようにうねうねと続いている、その俯瞰図が見えるという夢で、およそそれは耳の穴の切断面としてしか見えぬはずのところ、夢なれば斯くも自在なのだ。読者もまた作者とともにその夢を見ているような気分になる。

蟬しぐれ聞くたび思ひだすだらう今年の酷暑を大矢信夫を   庭野摩里

…8月になくなった大矢信夫さんを悼む一首。若干舞台裏風のことを言えば、「短歌人」に大矢さんを誘ったのは庭野さんで、大矢さんのおつれあいと庭野さんとが短歌以外の趣味の会でご一緒だったご縁、とうかがったことがある。今年の夏は酷暑の夏であり災害多き夏として記憶されるだろう。この先、夏が来るたびにこの夏を、そして大矢信夫を思い出すだろう、と詠う。思いの深い一首だ。

時々は自分のゐない空間を椅子に座りて眺めてをりぬ   渡部崇子

…何か不思議な歌で惹かれたのだった。椅子に座ってあたりを眺めればそこには自らの姿は見えない。という意味で「自分のゐない」と言ってもよさそうだが、その時に思いは時空を超え、この世にもはやわれのいなくなった時のこの空間を作者は眺めているのだろう。ここにはもうわれはいない。しかし、それ以外、何の変わりがあろうか。あの世からそっと眺めているこの空間は、見慣れたこの空間とさしたる変わりはないのだ。

「植物には黄色を塗るの」俺の塗り絵が絵に変わった日   ふゆのゆふ

…「Mさんに代わり詠む」7首の2首目。これまでの作者の作品からすれば、「Mさん」はデイケアで一緒になるお方なのだろうと思う。そのMさんになり代わって詠みましたという意匠の一連である。「Mさん」はたぶん男性なのだろう。一人称は「俺」が使われている。「植物には… はMさんが誰かに言った台詞なのだろう。大人の塗り絵というヤツで、俺は植物を黄色で塗っている。そこ、黄色じゃあおかしいんじゃない? と言うひとがいる。いや…、とMさんが反論して言っているのがこの台詞だ。きまりきった色に塗ってもおもしろくない、植物を黄色く塗ってこそそれは俺の絵になるんだ。アートの原点がさりげなく示されている一首と思って注目した。

何時までを短歌詠めるかが問題のラヂオ体操第一をする   青木みよ

…いかにも短歌ですという助詞の使い方がされていて、印象に残った一首である。「何時までを」の「を」は、まあ、よくみかけるが、びっくりしたのは「問題の」の「の」である。翻訳すれば、何時まで短歌が詠めるかが問題で、長く詠み続けるためには健康を保たねばならず、そのためのラヂオ体操…、ということなのだろう。この「の」にはあまりにも荷重オーバーなことどもがかかっていて、散文なら絶対アウトだが、短歌ならぎりぎりセーフだろうか、いや、短歌でもこれはアウトと言われるだろうか…、というようなことをなんだか涼しい顔でやってくださったなあ、と思ったのだった。

宮沢派反宮沢派あるというちちろ虫鳴く花巻の街   丹呉ますみ

…そのかみの自民党の話かと思ったら、花巻というのでなるほどと思った。この歌がわかるひとは限られるのではないかと思う。僕はつれあいが花巻出身で、何度かその地を訪ねたこともあるので、あれかあ…、と思ったのだった。宮沢は宮沢賢治である。花巻市は宮沢賢治を資源とした観光都市づくりをしていて、こんなふうに遇されたら賢治はあの世で悲しんでいるのではないか、と僕もたびたび思ったことがあった。だから、宮沢派は賢治を利用して町興しができればよいと思っている経済派で、反宮沢派はそんなふうに賢治を利用するなよ、と思っている、文学として賢治を愛する派なのだ。それを宮沢派反宮沢派という政争のような語に変換し、ちちろ虫を配してなんと寂しいことだろうという雰囲気を施したのが作者の批評なのだろう。

包丁を突き立てて裂くアスパラの袋 真白き理想もあつた   河村奈美江

…アスパラガスは南ヨーロッパ原産で、彼の地では、かつてホワイトアスパラガスは王侯貴族だけが食することのできる貴重な食材だったのだという。今はスーパーで容易に入手できるが、それでもやはりその袋を裂く時には、白く高貴なるものという感がやってきたのだろう。その真白はそのかみわれの抱いていた理想の喩のように思われてきたのだった。が、いまやわれはその袋を裂き、その真白きものを食してしまわむとしているのだ。あまりに純粋ではかないものであったその理想を、なにほどかなつかしく想起している一首だ。


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